伯父上、御免!」と、必死の叫びを挙げて、相手が楯にしている床柱を逆に小楯にして、さっと身を寄せると、相手の切り下ろす太刀を避けながら、左の片手突に、頼母の左腹を後の壁に縫いつけるほどに、突き徹した。
 幸田が、右手から止めの一太刀をくれた。
 小泉はかけ付けて来た家来たちと、渡り合っていたが、頼母が倒れるのを見ると、
「方々、引き上げ! 引き上げ!」と叫ぶと、手を負うている吉川を庇《かば》いながら、先刻引き上げの用意に開いておいた裏口の方へ走り出した。
 新一郎は、倒れた頼母の死屍へ、片手を挙げて一礼すると、いちばん後から庭へ飛び下りた。
「曲者《くせもの》待て!」万之助の声がきこえた。
(万之助殿、お八重殿許せ!)彼は、心でそう叫びながら、泉水を飛び越えると、同志たちの後を追った。
「待て、卑怯者待て!」万之助の声が、四、五間背後でした。が、新一郎は後を見ずに走った。

          四

 成田頼母横死の報は、高松藩上下の人々を震撼させた。翌朝の出兵は、延期された。
 それは、佐幕主戦派にとっては、大打撃であった。
 藩論は、たちまち勤王恭順に傾いた。藩主|頼聡《よりとし》の
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