べき当家が、かかる大切の時に順逆の分を誤り、朝敵になりますことは、嘆かわしいことではないかと存じまする」
 恒太郎の反駁は、理路整然としていたが、しかし興奮している頼母には、受け入れらるべくもなかった。
「何が順逆じゃ。そういう言い分は、薩長土などが私利を計るときに使う言葉じゃ。徳川将軍家より、四国の探題として大録を頂いている当藩が、将軍家が危急の場合に一働きしないで、何とするか。もはや問答無益じゃ。この頼母の申すことに御同意の方々は、両手を挙げて下され。よろしいか、両手をお挙げ下さるのじゃ」
 時の勢いか、頼母の激しい力に圧せられたのか、座中八、九分までは、両手を挙げてしまった。

          二

 同じ日の夜、士族の屋敷町である二番町の小泉主膳の家に、家中の若い武士が、十二、三人集っていた。
 小泉主膳は、長州の高杉晋作が金刀比羅宮《ことひらぐう》の近くにある榎井村の日柳燕石《くさなぎえんせき》の家に滞在していたとき、二、三度面会して以来、勤王の志を懐き、ひそかに同志を糾合していた。しかし元来が親藩であったし、因循姑息《いんじゅんこそく》の藩士が多かったから、尊王撰夷などに、耳もかそうとはしないので、同志を募って、京洛に出でて、華々しい運動を起すというようなことはできなかった。
 が、せめてこうした大切な時に、一藩の向背《こうはい》だけは誤らせたくないという憂国の志は、持っていた。それが、今日の城中の会議で、とうとう藩論は、主戦に決してしまったのである。これでは、正《まさ》しく朝敵である。
 しかも、藩兵は、一手は金刀比羅街道の一宮へ、一手は丸亀街道の国分へ向けて、明朝辰の刻に出発しようとしているのである。
 同憂の士は、期せずして小泉の家に集った。山田甚之助、久保三之丞、吉川隼人、幸田八五郎、その他みな二十から三十までの若者であった。多くは軽輩の士であったが、天野新一郎だけは、八百石取の家老天野左衛門の嫡子であり、一党の中では、いちばん身分が高かった。
 天野新一郎は、少年時代から学問好きで、頼山陽の詩文を愛読しているために、その勤王思想の影響を受け、天朝の尊むべく幕府の倒すべきを痛感している今年二十五歳の青年武士であった。
 小姓頭に取り立てられて、今日の重臣会議の末座にもいたのである。
「それで、成田頼母の俗論が、とうとう勝利を占めたというのか」小泉は、肱を怒らしながら、新一郎にいった。
「左様、藤沢恒太郎殿が順逆を説いたが、だめでござった」新一郎は、自分までが責められているように、首を垂れている。
「土佐兵に抵抗するというのか、錦旗を奉じている土佐兵に。負けるのに決っているじゃないか。土佐は、スナイドル銃を二百挺も持っているというじゃないか」山田甚之助が、嘲るようにいった。
「賊軍になった上に、散々やっつけられる。その上、王政復古となれば高松藩お取り潰し。大義名分を誤った上に、主家を亡す――そんな暴挙を我々が見ておられるか」小泉は、歯を噛んで口惜しがった。
「早速、成田邸へ押しかけて、あの頑固爺を説得しよう」今まで黙っていた吉川隼人がいった。
「いや、だめだめ」山田甚之助は、手を振って、「あの老人は、我々軽輩の者の説などを入れるものか。すでに、藩の会議で決したものを、今更どんなに騒ごうと、あの老人が変えるものか」と、いった。
「然らば、貴殿は、みすみす一藩が朝敵になるのを、見過すのか」吉川隼人が、気色《けしき》ばんだ。
「いや、そうではござらぬ。拙者にも、存じ寄りがある。しかし、それは、我々が一命を賭しての非常手段じゃ」甚之助は、そういって一座を見回した。
「非常手段、結構! お話しなされ」主人の小泉がいった。
 甚之助は、話し出そうとしたが、ふと天野新一郎のいることに気がつくと、
「天野氏、貴殿にははなはだ済まぬが、ちょっと御中座を願えまいか」
 と、いった。
 新一郎は、顔色が変った。
「何故?」美しい口元がきりっとしまった。
「いや、貴殿に隔意あってのことではないが、貴殿は成田家とは御別懇の間柄じゃ。成田殿に対してことを謀る場合、貴殿がいては、我々も心苦しいし、貴殿も心苦しかろう。今日だけは、枉《ま》げて御中座が願いたいが……」甚之助の言葉は、温《おだや》かであった。
 が、新一郎の顔には、見る見る血が上って来て、
「新一郎、若年ではござるが、大義のためには親を滅するつもりじゃ。平生同志として御交際を願っておいて、有事の秋《とき》に仲間はずれにされるなど、心外千万でござる。中座など毛頭思い寄らぬ」と、いい放った。
「左様か。お志のほど、近頃神妙に存ずる。それならば、申し上げる。各々方近うお寄り下されい」
 一座の人々は、甚之助を取り巻いた。
 甚之助は、声をひそめ、
「藩論が決った今、狂瀾を既倒《き
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