できるだけ切りつめて、目立たぬところは手を抜くより法はない」
「黙って家来に任しておいてもらいたいな、こんなことは」
「いくらか、こんなときにいつもの埋合せがつくくらいにな」
「悪くすると、自腹を切ることになるからな」
「そうだ!」
「とにかく、まず第一に伝奏屋敷の畳替えだ」二人は、接待についての細かな費用の計算を始めた。

          三

 殿中で高家月番、畠山民部大輔へ、
「今度の勅使饗応の費用の見積りですが、ちょっとお目通しを」といって、内匠頭が奉書に明細な項目を書いたのを差し出した、畠山は、それをしばらく眺めていたが、
「わしには、こういうことは分からんから、吉良に――ちょうど、来ているようだから」と、いって鈴の紐を引いた。坊主が、
「はい」といって、手を突いた。
「吉良殿に、ちょっとお手すきなら、といって来い!」
「はっ!」
 坊主が立ち去ると、
「とんだ、お物入りですな」と、畠山がいった。
「この頃の七、八百両は、こたえます」
「しかし、貴殿は塩田があって裕福だから」
「そう見えるだけです」
「いや、五万三千石で、二百何十人という士分がおるなど、ほかでは見られんことですよ。裕福なればこそだ」といったとき、吉良上野がはいって来た。
「浅野殿の今度の見積りだが、今拝見したが、私には分からん。肝煎指南役が一つ!」
 畠山が書付を、吉良へ渡した。
「なかなか早いな。どうれ」
 吉良は、じっと眺めていたが、
「諸事あまりに切りつめてあるようじゃが」と、内匠頭の顔を見て、
「これだけの費用じゃ、十分には参らぬと思うが」と、つけ足した。
「七百両がで、ございますか」
「そうだ」
「しかし、これまでのがかかりすぎているのではありませんか、無用の費《ついえ》は、避けたいと思いますので」
 上野は、じろっと内匠頭をにらんで、
「かかりすぎていても、前々の例を破ってはならん。前からの慣例があって、それ以下の費用でまかなうと、自然、勅使に対して失礼なことができる」
「しかし、礼不礼ということは、費用の金高にはよりますまい!」
「それは理屈じゃ。こういうことは前例通りにしないと、とかく間違いができる」
「しかし、年々出費がかさむようで……」
「仕方がないではないか。諸式が年々に上るのだから、去年千両かかったものが、今年は千百両かかるのじゃ」
「しかし、七百両で仕上りますものを、何も前年通りに……」
「どう仕上る?」
「それは、ここにあります」そういって、内匠頭は書状を差し出した。
「それは、とくと見た。しかし、そうたびたびの勤めではないし、貴公のところは、きこえた裕福者ではないか。二百両か五百両……」
「一口に、おっしゃっても大金です。出す方では……」
「とにかく、前年通りにするがいい」吉良の声は少し険しくなっていた。
「じゃ、この予算は認めていただけませんか」
「こんな費用で、十分にもてなせると思えん」
「おききしますが、饗応費はいくらの金高と、公儀で内規でもございますか」
「何!」上野は赤くなった。
「後の人のためにもなりますから、私このたびは七百両で上げたいと思います」
「慣例を破るのか」
「慣例も時に破ってもいいと思います。後の人が喜びます」
「ばか!」
「ばかとは何です」
 畠山が、
「内匠っ!」といって、叱った。
「慣例も時によります」
 内匠頭は、青くなっていいつづけた。
「勝手にするがいい」吉良は拳をふるわせて、内匠をにらみつけていた。

          四

 藤井が去ると、
「怪しからんやつだ」と、上野は呟いた。
 用人が、
「浅野から」といって、藤井の持って来た手土産を差し出した。
「それだけか」
「はい」
「外に、何にも添えてなかったか」
「添えてございません」
「彼奴《きゃつ》め、近年手元不如意とか、諸事倹約とか、内匠と同じようなことをいっていたが、そうか」
 上野は冷えたお茶を一口のんで、
「主も主なら家来も家来だ」
「何か、申しましたか」
「ばかだよ。あいつらは。揃いも揃って吝《けち》ん坊だ!」
「どういたしました」
「浅野は、表高こそ五万三千石だが、ほかに塩田が五千石ある。こいつは知行以外の収入で、小大名中の裕福者といえば、五本の指の中へはいる家ではないか。それに、手元不如意だなどと、何をいっている!」
「まったく」
「下らぬ手土産一つで、慣例の金子さえ持って来ん。大判の一枚、小判の十枚、わしは欲しいからいうのじゃない。慣例は、重んじてもらわなけりゃ困る。一度、前に勤めたことがあるから、今度はわしの指図は受けんという肚なのだろうが、こういうことに慣例を重んじないということがあるか。馳走費をたった七百両に減らすし、わしに慣例の金子さえ持って来ん。こういうこと、主人が何といおうと、家の長老たるべきも
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