うて下されや、わしたちはみんな来ておるぞ。
村人たち わしたちは、みんな拝んどるぞ……。お前さんのこと一生涯忘れんぞ。あとでお前さんを神さんに祭るだ。
甚兵衛 (快き微笑を含んで村人たちに会釈する)……。
茂兵衛 甚兵衛どん。わしゃな、百余カ村を駆けずり回って、お前さんの命乞いの訴状に連署してもろうて、お上へ差し上げたんじゃがのう。とうとう、お前さんを、こなにしてしもうたんじゃ。堪忍して下されや、なあ甚兵衛どん。
甚兵衛 なに。ええわ。ええわ。わしゃ皆の衆にそういわれると、うれしいだ。
村人たち (口々に)甚兵衛どん。ありがとう! ありがとう! お礼申すだ。お礼申すだ。快く成仏して下されや。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(甚兵衛、絶えず、にこにこしながら、矢来の中へ入る。おきん及び甚吉続いて現れる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
村年寄一 おきんさん、お前さんも気の毒じゃのう。が、村一統を救うと思うて、死んで下されや。
おきん (憤然として)何ぬかしゃがるんじゃ。皆よってたかって、阿呆をおだて、無実の罪に落して、親兄弟まで、こなな目にあわしておきながら、何ぬかしゃがるんだ。
甚吉 おっ母のいう通りじゃ。わしたちを、こななひどい目にあわしておきながら、ようも見に来られたのう。
おきん 覚えとれ! わしはな、首は飛んでも、七生まで村中へ崇ってやるからなあ!
村人一 何いうだ。みんなわれたちが、人のええ甚兵衛を苛めぬいた罰ではないか。
村人たち そうじゃ! そうじゃ!
おきん 何!(くくられていながら、村人たちに飛びかかろうとする)
縄取りの役人 (縄を引きながら)神妙にいたせ!
おきん (恨めしそうに村人たちに)覚えとれ、よう覚えとれ! 死んだって、恨み晴らしてやるからな。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(おきん母子、刑場の中へ歩み入る。舞台半回り、刑場の内部が見える。磔柱《はりつけばしら》が矢来に立てかけられている。五人の囚人、甚兵衛を先に一列に引き据えられている。刑吏たちが後から入って来る。刑吏の長、床几に腰を掛ける)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
刑吏の長 用意整うておるか。
刑吏一 万事整うておりまする。
刑吏の長 それでは、罪状を読み上げい!
刑吏二 (声高く読み上げる)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]弦打村百姓 甚兵衛
[#ここから3字下げ]
その方儀、去る十三日領内百姓一揆騒動いたし候|砌《みぎり》、右一揆に加担いたし、香東川堤において上役人松野八太夫に投石殺害いたし候始末、不[#レ]恐[#二]御領主を[#一]仕方、不届至極につき、磔申付くる者也。
[#地から1字上げ]同人母 きん
[#地から1字上げ]同人弟 甚吉
[#地から1字上げ]同じく 甚三
[#地から1字上げ]同じく 甚作
その方儀、甚兵衛身寄につき、獄門申付くる者也。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
刑吏の長 最後も近づいたほどに、何ぞ遺言があればきき届けてつかわすぞ。
おきん わしゃ、こななことで、打首になるのは不承知じゃ。なんぼ、お上のなされ方でもあんまりじゃ。あんまりじゃ。
刑吏 この期に及んで、未練を申すな。本人が白状に及びたる上は、縁につながる不幸と諦めておれ!
おきん 何おっしゃるんじゃ。こなな阿呆のいうこと、お取り上げになったりして、あんまりじゃ。きこえんわ。きこえんわ。お上のなされ方がきこえんわ。(甚兵衛に)この阿呆。
甚兵衛 (気がないように笑う)あはははは。
おきん 何がおかしいんじゃ、この阿呆め! 親兄弟をこななひどい目にあわして、この阿呆め!
甚兵衛 はははは。
おきん ええ、この不孝者めが!
刑吏一 騒がしい。控え!
おきん (恨めしそうに黙る)
刑吏の長 甚兵衛! その方はなんぞ遺言はないか。
甚兵衛 (微笑しながら)わしゃ、何もないだ。村の衆が、みんな欣んで下さるけに、わしゃうれしいだ。うれしいだ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(その時、村人の六、矢来の中へ駆け入る)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
村人六 お願いでございます。お願いでございます。
刑吏一 なんじゃ。何事じゃ。
村人六 お願いでございます。これを一つ甚兵衛どんに、食べさせて下さりませ。
(竹の皮包の握り飯を出す)
刑吏一 いかが、いたしましょう。
刑吏の長 苦しゅうない。甚兵衛に与えてつかわせ。
刑吏一 (甚兵衛に与えながら)村の衆の志しゃ。快く食べたがよい。
甚兵衛 (無邪気に欣ぶ)ほほう。これわしにくれるか。
刑吏の
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