ても、むだじゃった。
名主 お上じゃ、誰でもかまわん。下手人を磔にして、御威光を見せれば、ええんじゃ。
村人二 なんぼ考えても、甚兵衛どんは可哀そうじゃ。あの時は、みなめいめいに、石を投げたんじゃけにのう。ただ甚兵衛どんだけが、正直でずけずけいうてしもうたんじゃけにのう。
村年寄 まあ、ええわ。わしゃ芝山の観音さんが、村中を助けて下さるために甚兵衛どんに乗り移ったんじゃと思うとるんじゃ。
茂兵衛 もう、なんぼ嘆いても取り返しがつかんわ。甚兵衛どんに死んでもろうて、その代り、後をようするんじゃ。
名主一 そうじゃ。後で村の神様に祭るんじゃ。
茂兵衛 祭るとも。祭るとも。ほんまに讃岐領の宗五郎様じゃ。義民の鑑《かがみ》じゃ。
村人三 それにな、ほかの人じゃったら、それにつながって、首打たれる親兄弟が、可哀そうじゃがのう。あのおきん婆や甚吉は、あんまり可哀そうじゃないわ。長年甚兵衛どんを苛めた罰じゃと思うと、かえって気色がええわ。
村人四、五 おおそうじゃ。それがあるわ。
村人六 わしはな、甚兵衛どんに食べてもらおうと思うてこななもの持って来たんじゃ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(竹の皮に包んだ握り飯を見せる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
名主 おお、それゃええ思い付きじゃ、甚兵衛どんも飢饉で、ろくなもの食べとらんけに、欣ぶに違いないわ。
村人六 わしゃ、そう思ったけにのう、大事な大事な来年の籾種《もみだね》の中から、三合ばかり飯にたいたのじや。
茂兵衛 おお、それあええことしてくれた。この茂兵衛が礼をいいますぞ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(この時、かなたより群衆のざわめきがきこえる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
村人一、二 ああ来た! 来た!甚兵衛どんが来た。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(群衆、口々に甚兵衛の名を呼びながら、その方へ波を打って動く。やがて、裸馬に乗せられた甚兵衛母子が着く。馬から降りる。群衆の間を過ぎる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
茂兵衛 甚兵衛どん。わしたちは、みんな来ておるぞ。
名主一 わしたちは、みんな陰ながら、拝んどるぞ。
村年寄二 心強う思
前へ 次へ
全26ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング