。ああうまいことした。甚作、厄逃れのお祝いに、神棚へお灯明であげいよ。
甚作 一揆の大将がいうとった。昔山本勘介いうて、えらい軍師があったというてのう。けどおっ母の方が、もっと偉い軍師じゃのう。
おきん どうじゃ。年が寄っても、こななものじゃ。ははははは。
兄弟三人 あはははは。
甚吉 あの不具者め。あははははは。
親子四人 あははははははははは。
[#地から1字上げ]――幕――

          第二幕

[#ここから3字下げ]
第一幕より、十日ばかりを経たるある日の夜、弦打村庄屋茂兵衛の家の広間。村人たち縁側にも庭にも満ちている。座敷には、ところどころに百目蝋燭が燃えている。庭には、篝火が三カ所ばかりに焚かれている。人数の割合に静粛である。みんな不安と恐怖とに囚われているのがわかる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
村年寄甲 (縁側に立って見回しながら)もう皆集ったかのう、本津《もとつ》の吾作は来たか。
村人一 来ただ。ここに来ているぞ。
村年寄甲 新田の新吉は見えんのう。
村人二 まだ来とらんが、さっき来るときに誘うとな、山へ行っとるけに、帰ったらすぐよこせるいうたぞ、嬶《かか》が。
村年寄乙 上笠居の甚兵衛が、見えんぞな。
村人三 うん。甚兵衛どんが、来とらん。
村人四 あなな気の毒な人、来いでもええじゃないか。
村人五 また、あなな阿呆来たとて、しようがない。
村人六 阿呆阿呆いうない。少し阿呆じゃけになお可哀そうじゃないか。
村人七 そうじゃ。阿呆じゃけど、ええ人じゃ。義母や兄弟たちに苛《いじ》められるので、いよいよ阿呆になるんじゃ。
村人六 そうじゃとも、長い間、苛めぬかれたでのう。家や田畑は、弟に取られるしな、食物もろくろく食わせらんし、なんぞ口答えすると、弟三人がよってたかって殴《ぶ》ち打擲《ちょうちゃく》するんじゃもの。
村人五 けど、阿呆じゃもの、しようがないわ。
村人六 阿呆でも、長男は長男じゃものな。
村人八 死んだ甚七は、あまりおきん婆に甘かったから、いかんのじゃ。
村人六 そうじゃ。死んだ爺《じじい》もわるいんじゃ。だがのう今度の一揆にやってあのおきん婆の仕打ちはどうじゃ。足腰のたっしゃな息子が三人もあるのにな。自分の息子は出さんでな。常日頃、苛めぬいとる甚兵衛どんを出すんじゃものな。
村人
前へ 次へ
全26ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング