彼の生活力を奪ったらしい。こうした病苦になやまされて、彼の自殺は、徐々に決心されたのだろう。
 その上、二、三年来、彼は世俗的な苦労が絶えなかった。我々の中で、一番高踏的で、世塵を避けようとする芥川に、一番世俗的な苦労がつきまとっていったのは、何という皮肉だろう。
 その一の例を言えば興文社から出した「近代日本文芸読本」に関してである。この読本は、凝り性の芥川が、心血を注いで編集したもので、あらゆる文人に不平なからしめんために、出来るだけ多くの人の作品を収録した。芥川としては、何人にも敬意を失せざらんとする彼の配慮であったのだ。そのため、収録された作者数は、百二、三十人にも上った。しかし、あまりに凝り過ぎ、あまりに文芸的であったため、たくさん売れなかった。そして、その印税も編集を手伝った二、三子に分たれたので、芥川としてはその労の十分の一の報酬も得られなかったくらいである。
 しかるに、何ぞや「芥川は、あの読本で儲けて書斎を建てた」という妄説が生じた。中には、「我々貧乏な作家の作品を集めて、一人で儲けるとはけしからん。」と、不平をこぼす作家まで生じた。こうした妄説を芥川が、いかに気にし
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