たことをお話して、知ったか振りをしようとは思いませんが、まず盗まれたもののことからお話しましょう。僕にはこれは一番易しい問題でしたから。」
「易しいというのは?」
「順々に考えてみさえすればいいからです。それはこうです。二人の令嬢の言葉によれば、二人の男が何か持って逃げたということです。そうすると何か盗まれたに違いないのです。」
「なるほど、何か盗まれたのですね。」
「ところが伯爵は何も盗まれてはいないといっています。」
「なるほど。」
「この二つのことから考えてみると、何か盗まれたのに、何も失《な》くなっていないということは、何か盗んだ品物と少しも変らぬ物が本当の物とおき変えられてあるに違いありません。」
「なるほど、なるほど。」と判事は一生懸命になって聞き出した。
「この部屋で強盗の眼につくものは何でしょうか?二つの物があります。第一にあの立派な絨氈です。しかしこんな古い掛物《かけもの》はとてもこれと同じようなものは出来ません。すぐに偽物ということが分ります。次にあるのは四枚のこの名画です。あの壁に掛けてある有名な絵は偽物です。」
「何ですって!そんなはずはない。」
「いや、たしか
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