た。博士は堅く口止めをされているらしかった。
警察ではこの博士誘拐事件を、あのジェーブル伯爵邸の事件と何かの繋《つなが》りがあると目星をつけた。傷ついた賊のいなくなったこと、有名な外科医の誘拐、そこに何かあるだろうとは誰でも考えることである。
調べた結果、その考は間違いのないことになった。馭者に化けて入《い》り込み、皮帽子をとりかえて、自転車で逃げた犯人は、自転車をアルクの森の溝の中に捨てて、サン・ニコラ村へ行き、そこから左《さ》のような電報をパリへ打った形跡がある。
A《ア》・L《エル》・N《エヌ》・身体悪し、手術を要す、名医送れ。
これでいよいよはっきりと分った。この電報を受けとった悪漢《あくかん》の仲間は、博士を早速送ったのだ。こちらでは火事騒ぎを起させ、その間《ま》に傷ついた首領《かしら》を救い出して、これを近所の宿屋へかつぎ込んで、手術を受けさせたに違いない。今はその宿屋をつきとめればいい。パリからは特別にガニマール探偵が入り込んできた。近所の宿屋という宿屋は一軒残らず家の中まで調べた。しかしどうしたのか、そんな怪我人を泊めた宿屋は一軒もなかった。
翌日曜の朝、一人
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