そして一冊の本の暗号を写した一枚の紙片《かみきれ》を四つ折りにして封をし、それをその士官に渡された。そしてその一冊の本は焼き捨ててしまわれた。
その士官は、ルイ十六世が断頭台にのぼせられてお亡くなりになった後、その紙片《かみきれ》を女王マリー・アントワネットにお渡《わたし》した。しかしその時はもはやその巨万の宝物《ほうもつ》は何にもならなかった。女王は「遅かった。」とかすかに呟かれた。そしてその紙片《かみきれ》を読んでいられた聖書の表書《ひょうし》と覆いの間に隠された。そして女王もまもなくまた断頭台の上で亡くなられた。
その後になって、クリューズ河のほとりで針のように尖った屋根のある城が発見せられた。それはエイギュイユ城という名であった。そしてその城はあの百冊の本を焼かれたルイ十四世が命令して築かれたものであった。このことをよく考え合せてみると、ルイ十四世は国家の大秘密が知れ渡ることを気づかわれて、エイギュイユという城をつくって、エイギュイユ・クリューズ[#「クリューズ」は底本では「クリーュズ」]の秘密はこの城であるかのように見せかけようと思われたのであった。王のこの策略は見事に当った。
そして二百年以上経った今、ボートルレ少年はその策略に掛ったのである。
なおまた博士はいっている。きっとこのエイギュイユの秘密をかのルパンは知っているのであろう。そしてまたボートルレ少年の考えを欺くために、エイギュイユ城を借りていたものであろう。仏蘭西《フランス》国家の一大秘密を知っているのは、きっとルパンただ一人であるに違いない。
祝の会場は大騒ぎになった。ボートルレ少年は新聞の中ほどからもう自分では読むことが出来なかった。少年は自分の負けであったことをはっきりと知った。少年は両手で顔を覆うて沈み切ってしまった。
バルメラ男爵は傍《かたわら》に立って、静かに少年の手をとってその頭を上げさせた。
ボートルレは泣いていた。
火中から拾い出された本
ボートルレ少年は学校へ帰ろうともしなかった。ルパンに勝てないうちは学校へも帰るまいと決心した。少年は一生懸命に考え始めた。
あの紙片《かみきれ》の暗号はみんな自分の考え違いであった。エイギュイユ・クリューズはあのクリューズ県に聳え立っているエイギュイユ城ではなかった。同じく「令嬢《ドモアゼル》」という言葉も、またレイモンド嬢やシュザンヌ嬢のことをいっているのではなかった。なぜなら、その紙片《かみきれ》はもっとずっと前に出来たものであったから。
万事はやり直しだ。
エイギュイユの秘密を書いてある本が、ルイ十四世の時に出来て、それはまもなく焼き捨てられた。ただ二冊だけ残っている。一冊は例の大尉が盗み出した。また一冊はルイ十四世の御手《おんて》に残り、ルイ十五世に伝わり、十六世の時に獄屋の中で焼き捨てられた。しかしその写しの紙片《かみきれ》が女王に渡された。女王はそれを聖書の中に挟まれた。
少年はその聖書の行方を尋ねた。聖書は博物館の中に蔵《しま》われてあった。
ボートルレはその博物館へ行き、見せてくれるように頼んだ。博物館長はすぐに許してくれた。聖書はあった。中に紙片《かみきれ》もあった。それには何か書いてある。少年は慄える手でその紙片《かみきれ》をとり出して読み始めた。
「これを我が王子に伝う。 マリー・アントワネット。」
読み終らぬうちに、あっと一声少年は驚きの声を上げた。女王の御名《おんな》の下にさらに……黒インキで、アルセーヌ・ルパンと書いてある。
アルセーヌ・ルパンはもはやこの紙片《かみきれ》を奪い去っていた。少年は決心した。エイギュイユの秘密が仏蘭西《フランス》の国にある以上、どうしても探し出さなければならない。大尉の手によって火の中から拾い出されたもう一冊の本も探し出そう!
大尉の子孫
ボートルレはそれから一生懸命、その大尉の子孫を探し始めた。
ある日マッシバン博士からボートルレ少年に手紙が来た。それによるとヴェリンヌという男爵が、大尉の子孫であることが分ったから、私と一緒にその男爵を訪ねてみようという手紙であった。しかしあとで博士は、用があるから一緒に行けないが、その男爵の家で逢おうということになった。
少年はそのヴェリンヌ男爵の邸に出掛けた。余り事件がすらすらと運ぶので、もしやマッシバン博士というのはルパンの計略で、自分は恐ろしい敵の計略に掛るのではないかとも思われた。けれども少年は勇気を振《ふる》って出掛けた。
博士はもう来ていた。ヴェリンヌ男爵も機嫌よく逢ってくれた。そして例のエイギュイユの秘密を書いた本もあるそうである。ボートルレは余りの嬉しさにせき込んで尋ねた。
「その本はどこにござ
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