れて眠り薬を飲まされ、警察の前に捨てられてあった。それを通り掛りの紙屑拾いに拾われたのであった。八週間ばかりの間二人は全く眠ったままであった。やっと考えがはっきりしてから、その話すところによれば、
二人は汽船に乗せられて、アフリカ近くを見物して歩いたそうだ。しかし二人は捨てられた時のことは何にも知らなかった。
それからまたまもなく、ルパンの負けたことがもっとはっきりする事件が起った。それはバルメラ男爵とレイモンド嬢とが結婚することになったことである。世間の人たちは、ルパンがきっと黙ってはいないであろうと思って心配した。果して怪しい男が二度三度別荘のまわりをうろついていた。ある夕方、バルメラ男爵は一人の酔っぱらいに突き当られて、あ!と思う間にどんと一発のピストルで撃たれた。幸《さいわい》なことに弾丸《たま》はバルメラ男爵の帽子に穴をあけただけであった[#「であった」は底本では「あでった」]。そしてとうとうバルメラ男爵とレイモンド嬢は無事に結婚式を挙げた。ルパンが結婚したいと望んでいたレイモンド嬢は、バルメラ男爵夫人となった。
もはや、何から何までルパンの負けとなった。それだけにまた一方ボートルレ少年の勝利は大変なものである。
ある日ボートルレ少年の勝利の祝が開かれた。我も我もとその祝の会に集まったものは三百人以上であった。十七歳の少年は今日は凱旋将軍であった。ボートルレの得意と喜《よろこび》はどんなであったろう。
しかし少英雄ボートルレは、やはり平常の無邪気なボートルレであった。少年は決して自分の勝利を自慢するような風をしなかった。しかし人々の少年を褒める言葉は大変なものであった。ジェーブル伯爵や、ボートルレのお父さんや、またバルメラ男爵なども、少年のこの祝の会に来ていて共に喜んでいた。
ところが、突然にこの少年の勝利が破られてしまうようなことが起った。会場の片隅がにわかに騒がしくなって、一枚の新聞を振り廻している。新聞は人々の手から手に渡って、それを読む人は、みな驚きの声を上げている。
「読みたまえ!読みたまえ!」と向う側で叫ぶ。
ボートルレ少年の父がその新聞を受けとって少年に渡した。
少年は、人々をこんなに驚かせることは何であろうと思い、新聞を声高く読み始めた。しかしその声はだんだんと読んでいくうちに怪しく[#「怪しく」は底本では「怪くし」]乱れて慄えてきた。そのはずであった。少年が苦心した結果、エイギュイユ城が発見されて、紙片《かみきれ》の謎は解けたと思っていたのに、エイギュイユの秘密は、少年の考とはまるっきり違い、少年の勝利は間違ったものとなったのである。巨人ルパンはやはり少年に負けたのではなかった。ルパンはどこかで少年を嘲笑っていることであろう。
その新聞の記事は、マッシバンという文学博士が書いたものである。博士は歴史の書物を読んでいるうちに、思い掛けなく「エイギュイユ・クリューズ」の秘密は大昔に起ったものであることを発見したのであった。
それは仏蘭西《フランス》国王ルイ十四世の時であった。(今から二百四十年ばかり前)ある日名も知らぬ立派な青年が宮殿へ来て、重だった大臣たちに一冊ずつ小さな本を渡し始めた。その本の題は「エイギュイユ・クリューズの秘密」としてあった。ようやく四冊だけ配り終った時、一人の大尉が来てその青年を国王の前に連れていき、すぐさま、先ほど配られた四冊の本はとりあげられ、残りの百冊ばかりの本も全部とりおさえられた。そして厳重にその数を調べて、国王だけがその一冊を残しておおきになり、他はみんな国王の眼の前で火の中にくべられてしまった。そして本を配った青年は、鉄の面を被《き》せられて、一生寂しい島の牢屋に閉じ込められた。
その青年を国王の目の前に連れてきた大尉は、その本が焼かれる時、ふと国王が傍見《わきみ》せられた隙に、手早く火の中から一冊を抜きとって懐中《ふところ》へ隠した。しかしその大尉もまもなく町の真中に死骸となって横たわった。その時大尉の服のポケットの中に、立派な珍しいダイヤモンドが入っていた。
エイギュイユ・クリューズの秘密は仏蘭西《フランス》国家に伝わる一大秘密なのであった。代々国王がお亡くなりになった時にはきっと「仏蘭西《フランス》国王に与える」という封をした一冊の本が枕元においてあった。この秘密こそ仏王《ふつおう》に伝わる巨万の宝物《ほうもつ》の隠してある場所を教えてあるものなのであった。
その後百年ばかりすぎて、大革命の時|獄屋《ごくや》に閉じ込められた仏王ルイ十六世は、ある日密かにその番人の士官に頼まれた。
「士官よ、……私がもし亡くなったならば、どうぞこの紙片《かみきれ》を我が女王に渡してくれよ。エイギュイユの秘密であるといえば、女王はすぐに分るであろう。」
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