の巡査が、その夜《よ》塀の前の往来で一人の怪しい人影を見たといった。仲間の者が様子を見に来たのであろうか?あるいはまた彼らの首領《かしら》が僧院のどこかに隠れているのであろうか?
偽物は偽物です
その夜《よ》ガニマール探偵は小門の外を警戒していた。
十二時すぎになって果して怪しい一人の男が森から現われて、ガニマールの前を通り、小門から庭へ忍び込んだ。三時間ばかりの間、その男は僧院の近所をあちこちと歩き廻り、あるいは地上に屈んでみたり、あるいは円柱にのぼってみたり、あるいは一つ所に立ち止まって長いこと考えていたりしたが、やがてまた元のようにガニマール探偵の前を通っていこうとした。待ち構えていた探偵たちは突如組みついて捕まえた。曲者は少しも手向いをしなかった。しかしいざ調べる時になると、何を聞かれても答えなかった。判事が来れば分ることだというだけであった。月曜日の朝判事は着いた。ガニマールは曲者を判事の前に引き立てた。曲者はボートルレであった。
判事はボートルレを見て、非常に喜ばしげに両手を差し出して叫んだ。
「やあ、ボートルレ君!君のことは十分分りました。君はもういないのかと思いましたよ。」
ガニマールは驚いてしまった。ボートルレは判事にいった。
「判事さん、じゃもうすっかり分りましたね。」
「[#「「」は底本では脱落]十分分りました。第一レイモンド嬢が塀の外の小路で君を見たという時間に、君はたしかにブールレローズにおられた。君は間違いなくジャンソン中学の学生で、しかも優等生であることが分りました。」
「では放免して下さいますか。」
「もちろんします。しかし先日話し掛けて止めてしまった話のつづきをぜひしていただきたい。二日間も飛び廻ったことだから、だいぶ調べは進んだでしょう。」
これを聞いたガニマールはいかにも馬鹿々々しいというような顔をして、部屋を出ようとした。判事は手を挙げてそれを呼びとめた。
「ガニマールさん、いけないいけないここにいらっしゃい。ボートルレ君の話は十分聞くだけの値《あたい》があります。ボートルレ君の鋭い頭を持っていることはなかなかの評判で、英国の名探偵エルロック・ショルムス氏の好《い》い対手《あいて》とさえいわれているのですよ。」
ガニマールは苦笑いをしながらとどまった。ボートルレは話し出した。
「僕は調べ
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