と床の一部が跳ね返った。それを引き上げると穴がある、中は空虚《から》だ。またどんと蹴る。穴がある。空虚《から》だ。そして三番目もまた空虚《から》であった。

            怪侠盗の真面目《しんめんぼく》

 ルパンは嘲笑うように、
「へん、成ってやしない。もとはこの穴は空虚《から》じゃなかったんだ。ルイ十四世とルイ十五世の時、とうとうこの宝物《ほうもつ》を費《つか》っちゃったんだよ。しかし第六番目は空虚《から》じゃない。ここはまだ誰も手をつけていない。見たまえ!ボートルレ君。」
 と、いいながらルパンは身を屈めて蓋を持ち上げた。穴の中に金庫がある。その金庫をルパンは鍵で開けた。
 見ると目もくらむかと思う、宝石、青い玉、紅い玉、緑色の玉、金色の玉……。
「[#「「」は底本では欠落]見たまえこの宝玉を!みんな女王たちの持ち物であったものだ。しかしボートルレ君、我がアルセーヌ・ルパンは決してこの宝石に手をつけなかった。これは仏蘭西《フランス》王家の宝物《ほうもつ》だ。これは国宝だ。我輩は決してこれを自分の物にはしなかった。」
 階下ではガニマールが急ぎに急いでいる。叩く音が近くに聞えるのから考えると、もうすぐ下に迫っている。
「我輩はこの景色のいい住家《すみか》を捨てていくのは残念だ。我輩はこの奇巌城《エイギュイユ》の頂《いただき》から全世界を掴んでいた。ほらね、その金の冠を持ち上げて見たまえ。電話が二つあるだろう。一つはパリへ、一つはロンドンへ通じている。ロンドンから、アメリカでも、アジヤでも、オーストリーでも思いのままに話が出来る。これらすべての国には我輩の事務所がある。我輩は実に魔法の国の王であった。」
 すぐ下の扉が破られて、ガニマールとその部下が探し廻っている音がする。ルパンはつづける。
「だが我輩は、レイモンド嬢と結婚してから、すべて今までの生活は捨てようと決心した。君がいつか令嬢室《ドモアゼルむろ》で見た通り、部下はそれぞれ宝物《ほうもつ》を配《わ》けて逃がしてやった。」
 ガニマールが階段を駆け上って、どんと扉を打ち始めた、今は一番お終いの扉である。
「喧しい、まだ我輩の話はすまない!」
 扉を叩く音はますます激しくなった。ルパンはどこへ逃げるつもりだろう?レイモンド嬢はどこへ行ったろう?
「ルパンは、もはや盗みをしない、正直な人間となって、静
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