に散らばって、歩を運ぶたびごとに足を痛めた。
 洞窟の中は、入口から来る月光と、ところどころに刳《く》り明けられた窓から射し入る月光とで、ところどころほの白く光っているばかりであった。彼は右方の岩壁を手探《たぐ》り手探り奥へ奥へと進んだ。
 入口から、二町ばかり進んだ頃、ふと彼は洞窟の底から、クワックワッと間を置いて響いてくる音を耳にした。彼は最初それがなんであるか分からなかった。が、一歩進むに従って、その音は拡大していって、おしまいには洞窟の中の夜の寂静《じゃくじょう》のうちに、こだまするまでになった。それは、明らかに岩壁に向って鉄槌を下す音に相違なかった。実之助は、その悲壮な、凄みを帯びた音によって、自分の胸が激しく打たれるのを感じた。奥に近づくに従って、玉を砕くような鋭い音は、洞窟の周囲にこだまして、実之助の聴覚を、猛然と襲ってくるのであった。彼は、この音をたよりに這いながら近づいていった。この槌の音の主こそ、敵了海に相違あるまいと思った。ひそかに一刀の鯉口《こいぐち》を湿しながら、息を潜めて寄り添うた。その時、ふと彼は槌の音の間々に囁《ささや》くがごとく、うめくがごとく、了海が
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