終えてから境内の茶店に憩うた。その時に、ふと彼はそばの百姓|体《てい》の男が、居合せた参詣客に、
「その御出家は、元は江戸から来たお人じゃげな。若い時に人を殺したのを懺悔して、諸人済度の大願を起したそうじゃが、今いうた樋田の刳貫《こかん》は、この御出家一人の力でできたものじゃ」と語るのを耳にした。
この話を聞いた実之助は、九年この方いまだ感じなかったような興味を覚えた。彼はやや急《せ》き込みながら、「率爾《そつじ》ながら、少々ものを尋ねるが、その出家と申すは、年の頃はどれぐらいじゃ」と、きいた。その男は、自分の談話が武士の注意をひいたことを、光栄であると思ったらしく、
「さようでございますな。私はその御出家を拝んだことはございませぬが、人の噂では、もう六十に近いと申します」
「丈《たけ》は高いか、低いか」と、実之助はたたみかけてきいた。
「それもしかとは、分かりませぬ。何様、洞窟の奥深くいられるゆえ、しかとは分かりませぬ」
「その者の俗名は、なんと申したか存ぜぬか」
「それも、とんと分かりませんが、お生れは越後の柏崎で、若い時に江戸へ出られたそうでござります」と、百姓は答えた。
こ
前へ
次へ
全50ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング