心にはとっさに大誓願が、勃然として萌《きざ》した。
積むべき贖罪《しょくざい》のあまりに小さかった彼は、自分が精進勇猛の気を試すべき難業にあうことを祈っていた。今目前に行人が艱難し、一年に十に近い人の命を奪う難所を見た時、彼は、自分の身命を捨ててこの難所を除こうという思いつきが旺然として起ったのも無理ではなかった。二百余間に余る絶壁を掘貫《ほりつらぬ》いて道を通じようという、不敵な誓願が、彼の心に浮かんできたのである。
市九郎は、自分が求め歩いたものが、ようやくここで見つかったと思った。一年に十人を救えば、十年には百人、百年、千年と経つうちには、千万の人の命を救うことができると思ったのである。
こう決心すると、彼は、一途に実行に着手した。その日から、羅漢寺の宿坊に宿《とま》りながら、山国川に添うた村々を勧化《かんげ》して、隧道開鑿《ずいどうかいさく》の大業の寄進を求めた。
が、何人《なんびと》もこの風来僧の言葉に、耳を傾ける者はなかった。
「三町をも超える大盤石を掘貫こうという風狂人《ふうきょうじん》じゃ、はははは」と、嗤《わら》うものは、まだよかった。「大騙《おおかた》りじゃ
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