づくと、その中の一人は、早くも市九郎の姿を見つけて、
「これは、よいところへ来られた。非業の死を遂げた、哀れな亡者じゃ。通りかかられた縁に、一遍の回向《えこう》をして下され」と、いった。
 非業の死だときいた時、剽賊《ひょうぞく》のためにあやめられた旅人の死骸ではあるまいかと思うて、市九郎は過去の悪業を思い起して、刹那に湧く悔恨の心に、両脚の竦《すく》むのをおぼえた。
「見れば水死人のようじゃが、ところどころ皮肉の破れているのは、いかがした子細じゃ」と、市九郎は、恐る恐るきいた。
「御出家は、旅の人と見えてご存じあるまいが、この川を半町も上れば、鎖渡しという難所がある。山国谷第一の切所《きりしょ》で、南北往来の人馬が、ことごとく難儀するところじゃが、この男はこの川上柿坂郷に住んでいる馬子《まご》じゃが、今朝鎖渡しの中途で、馬が狂うたため、五丈に近いところを真っ逆様に落ちて、見られる通りの無残な最期じゃ」と、その中の一人がいった。
「鎖渡しと申せば、かねがね難所とは聞いていたが、かようなあわれを見ることは、たびたびござるのか」と、市九郎は、死骸を見守りながら、打ちしめってきいた。
「一年
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