は、息もっかず、ひしひしと攻め寄った。
 神山甚兵衛も、出陣以来、待ちに待った日にあうことを喜んだ。彼は少年の折から、一度は実地に使ってみたいと望んでいた天正祐定《てんしょうすけさだ》の陣刀を振り被りながら、難所を選んで戦うた。
 しかし寄手は、散々に打ち悩まされた。内膳正が流れ弾にあたって倒れたのを機会に、総敗軍の姿となって引き退く後を、城兵が城門を開いて、慕うて来た。
 この時である。甚兵衛は他の若武者と共に細川勢の殿《しんがり》をして戦いながら退いた。その時に、敵方の一人がしつこく彼につきまとって来た。六十に近い、右の頬に瘤《こぶ》のある老人である。彼は鎧《よろい》の胴ばかりを付けていた。目のうちは異様に輝いて、熱に浮されたように「さんた、まりや」と掛け声をしながら打ち込んでくる。息切れで苦しがりながら、懸命に打ち込んでくる。敵を倒すことも、自分が斬られることも、念頭にない。ただ無性に太刀を振ることが、宗教的儀礼の一部であるように見えた。
 甚兵衛も、かかる老人に対しては、なんらの闘志もなかったが、余りにしつこくつきまとうので、仕方なく一刀を肩口に見舞うた。
 老人は、血を見ると
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