(義太郎を先に立てながら降りてくる。義太郎の右の足は負傷のため跛《びっこ》になっている)巫女さんいうても、ちょっとも効かんやつもござんすからなあ。
義助 義はよう金比羅さんの神さんと話しするいうけになあ。金比羅さんの巫女さんいうたら、効くかも知れんと思うてな。(声を張り上げて)およしや、ちょっと出て来いよ。
およし (内部にて)なんぞ用け。
義助 巫女さんを頼んだんやがなあ、どうやろう。
およし (折戸から出て来る)そらええかも知れん。どななことでひょいと治るかも知れんけにな。
義太郎 (不満な顔色にて)お父《と》う、どうしたから降すんや。今ちょうど俺を迎えに五色の雲が舞い下るところであったんやのに。
義助 阿呆! いつかも五色の雲が来たいいよって屋根から飛んだんやろう。それでその通り片輪になっとるんや。今日は金比羅さんの巫女さんが来て、お前に患いとるものを追い出してくれるんやけに、屋根へ上らんと待っているんやぞ
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(その時、藤作、巫女を案内して来る。巫女は五十ばかりなる陰険な顔色した妖女のごとき女)
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藤作 旦那さん、これがさっきいうた巫女さんや。
義助 やあ今日は、ようおいで下されました。どうも困ったやつでござんしてな、あなた、まったく親兄弟の恥さらしでな。
巫女 (無造作に)なにあなた様、心配せんかって私が神さんの御威徳ですぐ治してあげますわ。(義太郎の方を向きながら)この御方でござんすか。
義助 左様でござんす。もう二十四になりますのにな、高い所へ上るほかは何一つようしませんのや。
巫女 いつからこんな御病気でござんしたかな。
義助 もう生れついてのことでござんしてな。小さい時から高い所へ上りたがって、四つ五つの頃には床の間へ上る、御仏壇へ上る、棚の上に上る、七つ八つになると木登りを覚える、十五、六になると山のてっぺんへ上って一日降りて来ませんのや。それで天狗様やとか神様やとかそんなもんと話しているような独り言を絶えずいうとりますのや。一体どうしたわけでござんしょうな。
巫女 やっぱり狐が憑いとるのに違いござんせん。どれ私が御祈祷をして上げます。
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(義太郎の方へ歩みよって)よくおききなさい! 私は当国の金比羅大権現様《こんぴらだいごんげんさま》のお使いの者じゃけに、私のいうことは皆神さんのおっしゃることじゃ。
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義太郎 (不満な顔をして)金比羅の神さんいうて、お前会うたことがあるけ?
巫女 (にらんで)何を失礼なことをいうのじゃ、神様のお姿が目に見えるもんか。
義太郎 (得意そうに)俺は何遍も会うとるわい。金比羅さんは白い着物を着て金の冠を被っとるおじいさんや。俺といちばん仲のええ人や。
巫女 (上手に出られたのでやや狼狽しながら、義助の方を見て)これは狐憑きもひどい狐憑きじゃ。どれ私が神に伺ってみる。
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(巫女呪文を唱え奇怪の身振りをする。義太郎はその間、吉治に肩口を捕えられながら、けろりとして相関せざるもののごとし。巫女は狂乱のごとく狂い回りたる後、昏倒する。ふたたび立ち上った彼女は、きょろきょろとして周囲を見回す)
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巫女 (以前とはまったく違った声音で)我は当国|象頭山《しょうずざん》に鎮座する金比羅大権現なるぞ。
皆 (義太郎を除いて皆腰を屈めて)へへっ。
巫女 (荘厳に)この家の長男には鷹の城山の狐が憑いている。木の枝に吊しておいて青松葉で燻《くす》べてやれ。わしの申すこと違《たが》うにおいては神罰立ち所に至るぞ。(巫女ふたたび昏倒する)
皆 へへっ。
巫女 (再び立ち上りながら空とぼけたように)なんぞ神さまがおっしゃりましたか。
義助 どうもあらたかなことでござんした。
巫女 神様のおっしゃったことは、早速なさらんとかえってお罰が当りますけに、念のために申しておきますぞ。
義助 (やや当惑して)吉治! それなら青松葉を切って来んかな。
およし なんぼ神さんのおっしゃることじゃいうて、そななむごいことができるもんかいな。
巫女 燻《くす》べられて苦しむのは憑いとる狐や。本人はなんの苦痛もござんせんな。さあ早く用意なさい。(義太郎の方を向いて)神様のお声をきいたか。苦しまぬ前に立ち去るがええぞ。
義太郎 金比羅さんの声はあなな声ではないわい。お前のような女子《おなご》を、神さんが相手にするもんけ。
巫女 (自尊心を傷つけられて)今に苦しめてやるから待っておれ。土狐の分際で神様に悪口を申しおるにくいやつじゃ。
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