うちの人が、お前さんに辛くしたむくいが、今来たのですよ。」
 少年は革袋を取り出し、パトラッシュを家の中に呼び入れました。
「この犬が、このお金をいま見つけたんです。」と、ネルロは口早に言いました。
「どうぞ旦那さまにそうおっしゃって下さい。もうこの犬も老いぼれて来ましたから、どうかこの犬だけ宿を貸して饑《う》えないようにしてやって下さい。おねがいです。僕の跡を追いますから、どうかやさしくなだめてやって――。」
 待って、と言う間もなく、少年は身をかがめて犬に接吻《キス》したかと思うと、すばやく扉《ドア》を閉め、闇の中へ走り去ってしまいました。おかみさんもアロアも、あまりのよろこびとおどろきに言葉も出ませんでした。パトラッシュは閉めこまれた樫の扉《ドア》に腹立たしく吠えかかったがもうだめでした。おかみさんもアロアも、ネルロのことは気になりましたが、何事も父親がかえってから、今はせめてパトラッシュだけにもと、お菓子や肉を一ぱい出して来て、一生けんめいなだめ、炉ばたの温《あたたか》いところに誘おうとしましたが、それは何の甲斐もありませんでした。パトラッシュは石のように扉《ドア》の前に頑張っ
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