トラッシュは、さも切なげに頸をたれてしまいました。ああこれももうふたりのものではないのでした。
彼等は、通いなれた道を、アントワープの方へ辿りました。まだ太陽は登らず、道に沿うた大抵の家は、まだ戸を閉めていました。町には、二三の人影もありましたが、誰も少年と犬をふりむく人はありません。
ネルロはある家の前に来ると、立ち止って、訴えるような目つきで家の中をのぞきました。それは、おじいさんが元気だったころ、よくやって来たことのある人の家でした。
「もし。パンの堅皮がありましたら、犬にやって下さいませんか。これはもう老いぼれている上に、きのうのおひるから、なんにも食べてないのです。」と、ネルロはおそるおそる言いました。すると家の女の人はすばやく戸をしめて、このごろは麦が高くって、というようなことをぶつぶつ呟くのでした。ネルロとパトラッシュはとりつくすべもなく、またとぼとぼとつかれた足をひきずって行きました。町についた時には、もう鐘は十時を鳴らしていました。
「僕がなんか売れそうなものを持ってたら、パトラッシュにパンを買ってやれるんだが。」
だが、ネルロが身につけているものと言っては、ぼ
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