あかあかと灯《ともしび》がもれて、時折、笛の音《ね》がひびいて来ます。涙が少年の頬をつたわりました。まだ何と言ってもほんの子供ですから、かなしいのでした。けれども、にっこり笑顔をつくって、
「なあに将来だ。」とひとり言を言いました。夜が更けるまで彼はそうして佇んでいましたが、やがてパトラッシュを抱いて床につき、さびしくもおだやかな眠りに落ちて行きました。
 さて少年には、パトラッシュのほか誰にも知らせない一つの秘密がありました。小屋には小さな次の間があって、そこはネルロだけが入るところになっていました。ひどく荒れた部屋ですが北側から光線が入ります。この部屋でネルロは、木片で無細工な画架をこしらえ、それに大きな紙を張り、そこへこれぞとおもうものをぜひ一つ描きあげようと一生懸命になっているのでした。ネルロは、誰にも画の描き方を教わったことはありません。むろん、絵具を買う余裕などもありません。ただ、白と黒の使い分けで目にうつるものを描くだけでした。いま、彼が木炭筆で描いたばかりの大きな画は、一人の老人が、倒れた樹に腰を下しているところ、ただそれだけです。少年は以前、年取った樵夫《きこり》のネ
前へ 次へ
全71ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング