しく少年の胸を掩《おお》いつつむのでした。
 このアロアの誕生日の夜、ネルロとパトラッシュはうすぐらい小屋で、まずい粗末な夕食をとっていました。丁度その頃水車小屋の中では、村の子供たちがすっかり招かれて、明るい灯の下で、おいしいめずらしいお菓子や御馳走を頬ばりながら、笛や胡弓《こきゅう》に合せて、おどり狂っているのですから、ネルロにとっては、よい気持のしない日であるにもかかわらず、彼はよく堪えて、小屋の入口に犬と並んで腰かけ、
「ね、パトラッシュ。くよくよするのは止そうよ。」こう言いながらパトラッシュの頸をだいて接吻《キス》してやるのでした。粉挽場の方からは、たのしげな笑声《わらいごえ》がつたわって来ます。
「いいさ、いいさ。いまにだんだんかわって来るからね、辛抱おしよ。」
 少年は未来のことを確《かた》く信じていますが、パトラッシュはさすがに犬ですから、現在うまい肉の御馳走にありつけないことには、将来にどんなたくさんの御馳走を思い浮べてみても、それではつぐないがつかないのでした。で、その日以後パトラッシュはコゼツの旦那の姿を見れば、いまいましそうに唸り声をあげるのでした。

「今日は
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