れい》いたしました。どうぞ、お気におかけくださいませんように。」と、言いました。
シンドバッドは、
「いや、なんで私が、お前さんをとがめたりするもんですかね。私は、お前さんを、ほんとうに気の毒《どく》だと思っていますよ。けれどもお前さん、私が、しじゅうのんきにくらしているのだと、思っちゃあこまります。それからまた、らくらくとこの財産《ざいさん》をつくり上げたと思っても、いけませんよ。これまでになるには、何年も何年も、全く命がけでかせいだからなんです。」と、言いました。
それから、ほかのお客さまの方へ向きなおって、
「そうです、皆さん、私が今までに出あった数々のぼうけんは、どなたにだっておできになることではありません。私がきょうまでにした七へんの航海《こうかい》の話は、まだ一度もお耳に入れたことがありませんでしたが、もしも皆さんが聞きたいとお望みになるのなら、今晩からはじめてもいいと思います。」
と、言いました。
それから召使に、荷かつぎの荷物を、家までとどけてやるように、と言いつけました。
ヒンドバッドは残って、一番はじめの航海の話を聞くことになりました。
一|番《ばん》はじめの航海《こうかい》の話《はなし》
私の父は、かなりたくさんの財産を残して死にました。その時分、私はまだ若かったものですから、それをむだ使いして、も少しですっかりなくするところまでゆきました。しかし、これはうっかりしていると、貧乏人になってしまうぞと、気がついたものですから、急に大決心を起しました。そして、残っているお金をかぞえてみて、商売をすることにきめました。それから私は貿易《ぼうえき》商人の仲間へ入り、船に乗りこむことにしました。次から次と、船がつく港《みなと》で、持って行った品物を売ってお金にしたり、また、あちらの品物ととりかえっこをしようと思ったからです。
まず、私の、一番はじめの航海がはじまりました。
はじめの二三日は、私はだいぶ、船によいました。けれども、やがて、だんだんなれてきて、よわなくなってしまいました。
さて、ある夕方のことでした。風がぴったりとしずまって、船のゆれも、ばったりとまってしまいました。
ちょうどその時、私どもは、青々と草のはえた、平たい小さな島のそばを走っていたのです。その島は、まるで牧場《まきば》のようで、その向うに青々とした海が見えていました。船長はみんなに、この島へ上って、少し休んでもいいと言いました。
私どもは大よろこびで、さっそく、この緑の牧場に上りました。そして、そこらじゅうを歩きまわったり、寝ころんだりしました。中でも、私たち五六人の者は、たき火をして、晩ごはんをこしらえようとしました。
やっと、たき火がもえついた時分でした。船から、大きな声で、
「早く、帰って来ーい。」
と言う声が、聞えました。
私どもが、島だとばかり思っていたのは、ほんとうは、ねむっていた、くじらの背中《せなか》だったのです。
みんなは、波打《なみうち》ぎわへつないでおいたボートをめがけて、いちもくさんに走り出しました。けれども、私がまだボートまで行きつかないうちに、早くも、このくじらは、海の中へもぐってしまったのであります。
私は水の中で、ずいぶんもがきました。そして、やっと板きれにとりつきました。それは、たき火をするために、船から持って来たものでした。
ところが船では、何かごたごたがあって、私のことなんか忘れていたらしいのです。船長は、風が吹き出すと、船を出してしまいました。
私は、波にもまれながら、とうとう、おき去りにされてしまったのであります。
それから一晩じゅう、私は水につかっていました。そして、朝になった頃には、もうへとへとにくたびれてしまって、死ぬよりほかには仕方がないと思っていました。
けれども、ちょうどその時、大へん大きな波がやって来ました。そして、私を持ち上げたかと思うと、ある島のがけの下へ打ち上げました。
うれしいことには、そのがけは、よじのぼることができました。この上は、青々と草のはえた原っぱでした。そこで私は、まず何よりも休みました。
すぐに気分がなおりました。けれども、大そうお腹《なか》がへっていたので、何かたべる物はないかとさがしに出かけました。
少し行くと、おいしそうな果物《くだもの》の木がありました。そのそばに、きれいな水がふき出している泉《いずみ》もありました。
私はそこで、まず食事をすまして、また何かほかにないかと思って、島の奥《おく》の方へ歩いて行きました。
すると、ほどなく牧場に来ました。馬が、あちこちにはなしてあって、みんな草をたべていました。
しばらく、ぼんやり立っていますと、人の話し声が聞えてきました。耳をすましていると、そ
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