した海が見えていました。船長はみんなに、この島へ上って、少し休んでもいいと言いました。
 私どもは大よろこびで、さっそく、この緑の牧場に上りました。そして、そこらじゅうを歩きまわったり、寝ころんだりしました。中でも、私たち五六人の者は、たき火をして、晩ごはんをこしらえようとしました。
 やっと、たき火がもえついた時分でした。船から、大きな声で、
「早く、帰って来ーい。」
と言う声が、聞えました。
 私どもが、島だとばかり思っていたのは、ほんとうは、ねむっていた、くじらの背中《せなか》だったのです。
 みんなは、波打《なみうち》ぎわへつないでおいたボートをめがけて、いちもくさんに走り出しました。けれども、私がまだボートまで行きつかないうちに、早くも、このくじらは、海の中へもぐってしまったのであります。
 私は水の中で、ずいぶんもがきました。そして、やっと板きれにとりつきました。それは、たき火をするために、船から持って来たものでした。
 ところが船では、何かごたごたがあって、私のことなんか忘れていたらしいのです。船長は、風が吹き出すと、船を出してしまいました。
 私は、波にもまれながら、とうとう、おき去りにされてしまったのであります。
 それから一晩じゅう、私は水につかっていました。そして、朝になった頃には、もうへとへとにくたびれてしまって、死ぬよりほかには仕方がないと思っていました。
 けれども、ちょうどその時、大へん大きな波がやって来ました。そして、私を持ち上げたかと思うと、ある島のがけの下へ打ち上げました。
 うれしいことには、そのがけは、よじのぼることができました。この上は、青々と草のはえた原っぱでした。そこで私は、まず何よりも休みました。
 すぐに気分がなおりました。けれども、大そうお腹《なか》がへっていたので、何かたべる物はないかとさがしに出かけました。
 少し行くと、おいしそうな果物《くだもの》の木がありました。そのそばに、きれいな水がふき出している泉《いずみ》もありました。
 私はそこで、まず食事をすまして、また何かほかにないかと思って、島の奥《おく》の方へ歩いて行きました。
 すると、ほどなく牧場に来ました。馬が、あちこちにはなしてあって、みんな草をたべていました。
 しばらく、ぼんやり立っていますと、人の話し声が聞えてきました。耳をすましていると、そ
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