だ一度も面会したことのないM侯爵の風貌を想像しながらこういいました。
「そんなに君のことを、侯爵が気にしてくれるのなら、いっそのこと写真師をよせるような方法を講じてくれてもいいじゃないか。今度会ったら、一つそういってみろ!」
 冗談半分にそういいました。すると、杉浦のやつすっかり得意になって、
「俺も、今度会ったらそういおうと思っているんだ。写真館を開業する資金でも出してくれるといいなあ」
 などといっていました。M侯爵も、公人としては花形の方ですから、やれ支那を視察に行くとか、明治神宮の地鎮式に祝詞を読んだとか、相撲を見物しているところなどといって、たびたび写真に撮られる方ですから、杉浦もだんだんM侯爵との知己を深めていったわけです。何でも、去年の十月頃でした。杉浦のやつ、得意になって僕に話しかけようとしましたから、またM侯爵との自慢話だろうと思っていますと、果してそうです。
「昨日ね。M侯爵のところへ行って、大変な御馳走になったよ。すっぽんの羮《あつもの》だとか、すっぽんのビフテキだとか、すっかり材料がすっぽんなんだ。あんな御馳走は生れて初めてだったよ」
 と、何か大手柄をしたよう
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