一本調子の杉浦が、有無をいわせず、食いついたのです。世の中に、お世辞食いというやつがありますが、杉浦のやつは全くそれを文字通りに実行したのです。僕は、そう考えてくると、お世辞にいったことを真に受けて、時刻も違《たが》えず、家令を脅迫してまで、まかり出た杉浦を相手に、侯爵が否応なしに、おそらく眉をひそめながら、すっぽん料理に箸をつける光景が、滑稽なカリカチュアのように頭の中に浮んできました。
 そう考えてくると、またこうも考えられるのです。侯爵は、平民的な侯爵は、侯爵に追従する人々に、きっと杉浦にいったようなお世辞をいっているに違いないと思われるのです。
「どうだい、今度の日曜あたり、ちっとやって来ないかね、うまいすっぽんが来ているのだがね」
 こうしたお言葉だけをいただくと、周囲の人々は恐縮してありがたがるのだろうと思うのです。言葉の実行などは問題じゃないのです。ただそうした言葉だけを、ありがたく頂戴して引き下るのだろうと思うのです。こうした連中に接しているうちに、侯爵もついついそうした言葉だけを振りまくのに馴れてしまったのだと思うのです。「フランス料理を食いに来い」というと、皆ありが
前へ 次へ
全20ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング