りました。私の家の表戸を割れるように烈しく乱打するものがありました。私が驚いて戸を細目に明けますと、警察署の印の付いた提灯が眼に付きました。私は巡査か、でなければ探偵だと思いましたので、何事が起ったのかと胸をとどろかせました。が、その男は巡査でもなく探偵でもなく法被《はっぴ》を着た警察の小使らしい男なのです。その男は私の戸を開けるのも待たず、息をはずませながら、
「此方は、角野さんの御親類でしょう。今角野さんの御宅が大変なのです。すぐ誰か来て下さるように……」と、云いながら、その男は、スタスタと駈け出そうとしましたので、私は追い縋るように、
「大変って、一体どうしたのです。どうしたのです」と、訊き返しました。後から考えますと、小使は姉夫婦が殺されたことは、知って居たのでしょうが、そうした怖ろしい惨事を、自分の口で知らせると云う嫌な仕事を避けたのでしょう。
「なんでも強盗が、はいったと云う事ですが、私は精《くわ》しいことは知りません。何しろ、早う来て下さるようにとの事でした」と、云いながらドンドン帰って行きました。私は強盗と云う言葉を聴くとある怖ろしい予感に胸を閉ざされてしまって両足にかすかな慄えをさえ感じました。玄関へ取って返して来ますと、そこに父と母とが寝衣のままに立って居ました。母はもうスッカリ慄えを帯びた声で、
「どうしたのどうしたの」と、オズオズ訊きました。私が、
「姉さんの家へ強盗が、はいったんです」と、云いますと、母は、
「ひえ!」と、云ったまま父の肩にすがり付きながら、ガタガタ慄え出しました。気丈な父は、遉《さすが》に色も更《か》えずに、
「走って行け。すぐ行け。わしもすぐ後から行くから」と、申しました。私は慄える手で、衣服を着換えると、用心の為に台所にありました樫の棒を持って家を駈け出しました。振りかえると母は最愛の娘を襲った変事の為に烈しい激動《ショック》を受けたらしく、口もろくろく利けないように目をパチパチさせながら、玄関に腰をかけたまま慄え続けて居たようでありました。
 私の家から、姉の家迄は十五町位隔って居りました。千葉の町を離れて田圃《たんぼ》の中の道を十町ばかり行くと、松林が道の両側にあって、その松林を過ぎると、姉の家を初め、二、三軒の家が並んで居ました。私はその十五町の道を後で考えれば十分位で駈け付けたと思いますが、その夜はその歩き馴れ
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