栄二 今、お帰りですか。
章介 ああ、疲れた疲れた。どうも年のせいか浮世の風の荒くなったせいか、この頃はすぐくたびれて……。
栄二 あまり稼ぎすぎるのじゃないのですか。そろそろ引退でもなすったら。
章介 ううん、引退したいにも、後を継いでくれるものがおらんじゃないか。
栄二 (笑って)私ではどうです。
章介 ああ、お前がやってくれるなら文句はないがね。
栄二 (何か慌てて)いやあ、止しましょう。又何時会社をおっぽり出して行方《ゆくえ》をくらますかもしれませんからな。ははは。……しかし、こうなるとやっぱり強情を張って独身を押し通したことを後悔しませんか。
章介 なに別に後悔もしないがね。しかし驚いたよ。俺のケチなメリヤス会社でも世間並に争議が起るんだからな。
けい まあ……。
章介 世の中は悪くなったよ。市電のストライキ、炭坑の争議、銀行襲撃、張作霖《ちょうさくりん》の暗殺騒ぎ、まるで徳川末期の百鬼昼行だ。一体どういうことになってゆくのかね、日本は。
栄二 まあ、一応ゆく所迄ゆくんでしょ。
章介 行く所というのは何処だ。
栄二 そりゃ、僕にもわかりませんが。
章介 いやに責任を持ったよう
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