しず、章介(その弟少し跛足《びっこ》)
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章介 勿論《もちろん》嬉しくないことはありませんよ。私だって、日本人ですからね。ただ少し騒ぎが大袈裟《おおげさ》すぎると思うんです。これで戦争に勝ったというわけじゃないのですよ。
しず それはそうですがねえ。勝った時は勝った時で、又お祝いをすればいいじゃありませんか。旅順が落ちたっていうことはそれだけで、充分お慶《よろこ》びしていいことだと思いますよ。
章介 私達が旅順を占領した時はたった一カ月でした。それでも私は自分の片足を埋めて戦いとったところだと思って有頂天でしたよ。ところがその年の暮には呆気《あっけ》なく遼東半島を清国《しんこく》に還付している。しかも今度はその、同じ旅順に半年の歳月と何十万の人命をかけているのです。
しず 誰もそうしようと思った人はないのですよ、皆が皆、最善を尽して、こうなるより仕方がなかったのです。
章介 そうですよ。だからこうなった結果より、こうなるより仕方のなかった次第の方を考えるべきだと思いますね。
しず 世間というものはこれでいいのじゃ
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