[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
けい あの……。
伸太郎 (振返る)
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間。
[#ここで字下げ終わり]
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けい あの……。知栄が戻ります時……あなたも御一緒に、お帰りになって下さいませんか。
伸太郎 (嫌味でなく)この家には、まだ俺の戻ってくる部屋があるかね。
けい あなたのお部屋は、あなたが出てらした時のままになっております。
伸太郎 ……。憶えて、おこう……。
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そういって歩き出す。襖《ふすま》の所迄行った所で、急にふらふらと倒れそうになる。
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けい (馳けよって)あなた、あなた、どうなさいました。
伸太郎 大丈夫だ。何でもない。
けい 大丈夫ですか。なんだか、お顔の色が真っ蒼ですよ。
伸太郎 大丈夫だ。もういい。もう……。
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と歩き出し、又ふらふらする。
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けい 駄目じゃありませんか、あなた。(と椅子の所へつれてゆき)何処がお苦しいんです。此処ですか。帯をゆるめましょうか。よろしい? きよ! 井上さんいませんか。
伸太郎 (止めて)けい。いいんだ。大丈夫だよ。
けい そんなこと仰言しゃったって、これじゃあなた。きよ! あなた、ちょっとそのままにしていらっしゃいね。今お医者を。
伸太郎 (けいの手を引っ張って)いいんだ。いいんだ。このままにしていよう。けい、お前と、二人で、こうしていよう。な、じっとしていてくれ。お前と、二人で……。
けい あなた。あなた! あなた!
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[#地から1字上げ](溶暗)
第五幕の二
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堤家の焼け跡。
第一幕の一と同じ瞬間。栄二とけい一幕の一と同じ型で立っている。
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栄二 十……何年振りでしょうね、お変りがなくて結構でした。
けい ……あなたこそ……御無事で何よりでした。
栄二 (ゆっくりさっきの切石の方へ歩き出しながら)体は長い放浪生活で、相当鍛えてありましたからね。而《しか》しすっかり年をとってしまいましたよ。貴女も随分お変りになった。月の光じゃ一寸見分けがつかない位ですよ。(又切石に坐る)
けい (栄二の方に近づきつつ)此の二三年私もすっかり老い込んでしまいました。
栄二 全くこの四年間の世の中の動き方ときたらすさまじかったですからなあ。そいつを乗り切る為には誰れもが十年を一年にしてやって来たんです。尤も其のお蔭で私の様に二度と見られないと思った世の中へひょっくり戻って来られた人間もいるにはいますがね。
けい ほんとうに……御無事で何よりでした。何時……。
栄二 出たのは一週間も前でしたがね、友達の家で昨日まで休ませて貰って、こっちに用もあり貴女方の消息も知りたいので、友達は引き止めてくれたんですが。ほんとはもう少しおそく上京する事になっているんです。
けい この頃はラジオも聞かず新聞も読まずなもんで……お迎えもしないで。
栄二 何そんなものはいりやしません。それより娘達を引き取って下すったそうで有難うございました。
けい ……そんな事くらいであなたへのお詫びが出来るわけではありません。
栄二 そんな恨《うらみ》が言いたい位なら、わざわざ訪ねて来やしません。わたしが何かを言う以上に、今度の戦争じゃ貴女はひどい打撃を受けられた筈でしょう。
けい 私はわたしの体と心をささえていたものを、一ぺんにへし折られてしまった様な気がします。何をしても無駄な様な気もするし、じっとしてはいられない様な気もするし、ほんとは何が何だか分らなくなってしまっているのです。
栄二 そいつは貴女一人だけの事じゃありません。この国全部が生れて初めての大きな打撃によろめいているのですからね。而しそれも何時かは収まるでしょう。わたし達みんなの努力でそうする外ないのです。この見渡す限りの焼跡にも間もなく今までの日本とはまるで違った新しい何かが芽をふいて来るでしょう。人間の恨よりもその新しい芽の方にわたしは興味を感じています。ああ、おしゃべりをしていて気が付かなかったが夜が更けたせいか急に寒くなった様ですね。
けい 中へ入ってお寝《やす》みになりましたら……。
栄二 いやそれより焚火でもしましょうか。今夜はこのまま眠れそうにもない。どうせこうなれば貴女の厄介者です。よろしくお願いします。
けい (立ちながら)わたしもどんなに心丈夫か知れません。どうぞ何時までも厄介にな
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