何の真似です? それは。
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 逃げ出そうと思ってね。(自分の風態を見る)
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 (了解して)そうですか。
須貝 あなたに、教わったようなものです。止《と》めやしないでしょう。
[#ここから3字下げ]
稍々永い間。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 止めるなと、言われれば別に止めやしないけれど……。まあ、も少しいいでしょう。話して行って下さい。
須貝 お家の人に会いたくないのですが……。
昌允 会わずに行くつもりですか。
須貝 手紙を書いておきました。いずれ、お会いします。しかし、今は一寸まずい。
昌允 そうですか、しかしまあ、も少しいらっしゃい。大丈夫ですよ。
須貝 会うと困るんだがな。
昌允 出てきやしませんよ。
須貝 そうですか。(荷物を入口の所迄、持って行っておいて)あんまり、ゆっくりもしていられないが……。
昌允 あなたを行かせたくないな、僕は。
須貝 どうして。
昌允 僕の思ったより、いい人なんだもの。
須貝 有難う。あなたも僕の思ったほど悪い人じゃなかった。
昌允 訣別に臨んで知己を得たわけですね。
須貝 いや、ほんとだ。
昌允 一度一緒に飲みたかったですね。
須貝 そう言う時もあるでしょう。その時はひとつ、やりましょう。
昌允 楽しみにしておきます。
須貝 お互、腹の底を覗《うかが》うようなことは止めてね。
昌允 う……。
須貝 君、オレンヂ・ジュースにウイスキーを入れたりするのは婦人の為《す》ることだ。止したまえ。酒なら灘の生一本、これがいい。それからウイスキー。
昌允 今度会う迄、練習しときましょう。
須貝 よろしい。そう願いましょう。
昌允 荷物は、あれだけですか。他に残っていませんか。
須貝 残っています。あれは、シャツだの、ハンカチーフだの言うものです。それに季節の洋服と、そう言うものです。後のものはおいときます。
昌允 宿がきまったら、送りましょうか。
須貝 そうしていただくとありがたいですな。しかし捨ててくだすってもいいです。あんまり、役に立つものもないんですから、御ぞんじのとおりですが……。
昌允 まあ、いいです。送ることにしておきましょう。
須貝 感謝に堪えんです。う……煙草を喫《す》ってっても、大丈夫ですか。
昌允 大丈夫ですよ。放って置いたら、今日中は出て来やしません。
須貝 有難い。どうです。
昌允 ……。(黙って受とる。須貝は手ばやくマッチを摺《す》る)いや、どうも……。
須貝 ……。全くいい景色ですね。ここからみていると。
昌允 風致保存区域ですからね。
須貝 あの雲の色を御覧なさい。紫色に光っている。荘厳と言うべきですな。
昌允 ああ言う色の酒がありますね。
須貝 そう、なんて言ったか……。とにかく実にいい景色だ。おやあんな所を、女の子があるいてる。日本人じゃないな。
昌允 僕はさっき泳いで来ましたよ。
須貝 みていました。中々鮮やかでした。僕も泳いでみたいと思ってたが。
昌允 まだ、少し冷いです。
須貝 そうかな。少し早いかもしれないな。どうして、泳いだりなんかしたんです。
昌允 どうしてと言うことは、ありませんよ。
須貝 僕は直ぐ帰り給えと言ったでしょう。
昌允 しかし別に用はなかったそうですよ。
須貝 そりゃ帰ってみなきゃ、わからない。
昌允 ところが帰ってみたら、そうだった。
須貝 而《しか》るに、君は、帰らなかった。帰らないで水ん中へ飛び込んだ。何故です。
昌允 理由なんか、無いと言ってるじゃァありませんか。
須貝 言わなければ言わんでよろしい。しかし、僕が美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんを貰いたいと言ったのは僕の間違いでした。取消しておきます。
昌允 しかし……。
須貝 何故なら、僕は、あの人に惚《ほ》れとらん。と言って悪ければ、他の人に惚れている。
昌允 じゃァ、なぜ、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]と結婚したいなどと言い出したのです。
須貝 他にすることが無いじゃありませんか。考えても御覧なさい。しかし、つまらんことでした。
昌允 僕の言ったことを聞かなかったのですか。僕は未納が……未納を……。
須貝 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんは、あなたを、本当の兄貴だと言っていましたよ。
昌允 それは、言い訳になりゃしない。
須貝 それに、正直に言うと、あなたの言いなりになることは僕の自尊心が許さんものね。
昌允 莫迦な。
須貝 莫迦なことです。そしてもう一つ、決定的に莫迦なことは……ああ、もう行かなけりゃァならない。(立上る)
昌允 決定的に莫迦なことは?
須貝 みなさんによろしく。
昌允 須貝さん、行
前へ
次へ
全26ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング