1] そう……。でも……妾(立上る)そうだと思うわ。(出て行く)
未納 お兄さん、そう? ほんとにそうなの?
昌允 そうじゃないよ。俺はただ、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]のほんとの仕合せのことを考えてみるだけのことだ。お前、今でも、出来たら須貝さんと結婚したい気かい。
未納 妾? 妾……何だか興味なくなってきた。そんなに言うほどの人かな。
昌允 ふむ。
未納 だけどお兄さんは、あんなに美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんが好きだったんだし……。
昌允 勿論さ。
未納 まあ。
昌允 今でもそうだ、俺は美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]が好きなんだ。大変好きだと言ってもいいくらいだ。ほんとだよ。
未納 威張らなくったっていいわ。
昌允 お前は不真面目でいかん。
未納 ノー、ノー。
昌允 何?
未納 違うって言ったの。
昌允 若い者にあるべき新鮮さ、熱情、烈しさ、(行詰って)烈しさ……。
未納 大胆さ。
昌允 大胆さ。少し違う。
未納 意味はそう言う意味よ。
昌允 兎に角お前のは、怪《け》しからん。
未納 妾はふざけてなんかいないわ。
昌允 そうか。しかし、お前のは、あれはいかん。
未納 何? どうして?
昌允 どうしてでもいかん。あんなのはない。
未納 わからないわ。
昌允 お前のやったことさ。
未納 いろんなこと、したからよく憶えてない。考えてないこと迄、して了ったかもしれないわ。
昌允 だったら考えて見る必要があるよ。お前のやったことはおせっかいというものだ。
未納 だって、あれは仕方が無いわ。
昌允 仕方ないことはないさ。
未納 妾、はッと思って了うと、もう我慢出来なかったのよ。
昌允 自分のことだけやればいいんだ。お前のは露出症だよ、あれは下品だ。自分だけで納得が行かずに俺達の分まで一人で、やってしまいやがった。
未納 御免なさい。
昌允 御免なさいじゃあ、済まんよ。
未納 でも……、そんなにしても、自分じゃちっとも得が行かなかったわ。
昌允 それだから、尚いかんというのだ。ああ言うことは、お前みたいな人間のやることじゃないよ。
未納 ――(溜息)
昌允 厭な顔するな。
未納 変な気持だわ。
昌允 誰だって、そうだ。
未納 お姉さん、どうなんだろう。
昌允 わからん。他人の心どころじゃない。
未納 お姉さんも、少し現金ね。
昌允 そうかい、どうしてだ。
未納 だって、そうよ。
昌允 言ってみろ。
未納 慍《おこ》るから、厭。
昌允 慍る元気もない。
未納 お兄さんのことね……そ言ったらすぐ、その気になっちゃうんだもの……。
昌允 それで、お前だって喜んじゃったじゃないか。
未納 そりゃ、そうよ。
昌允 だったら、一緒じゃないか。
未納 だって……。
昌允 だっても糞もない。
未納 お姉さんだったら、何でも肩を持つわ、お兄さん。
昌允 それは、そうさ。
未納 ――(溜息)
昌允 何だ。
未納 お兄さんはいいわね。
昌允 そうか、どうして。
未納 お姉さんがいるから。誰も彼も、わあッ、と妾を好きになって呉れないかなァ。
昌允 俺だって、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]には、考える暇をやらなきゃァ、ならないさ。お前の考えるようには行かない。
未納 お姉さんは考えてるわ。あの人は、お買物する時だって、一番上手だわ、それに須貝さんが母さんを好きなんだとすると……。
昌允 しかし、須貝さんは、俺達の親爺になることは出来んよ、もう、ちゃんと一人あるんだからな。
未納 どうしてお兄さんは、そんなに、須貝さんと、お姉さんを一緒にしたいの。
昌允 したいわけじゃないさ。
未納 そうかしら、でも可笑しいわ。
昌允 何故だ。
未納 お兄さん、一生懸命逃げてるみたいだわ。
昌允 莫迦な。つまらんことを言うな。
未納 だけど、そうみえてよ。
昌允 それはお前の見方だ。俺の所為《せい》じゃないよ。
未納 ――。
昌允 (誰に云うともなく)俺は、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]が俺と結婚することなんか絶対に無いと思ったんだ。あんまり思いがけないことなものだから……。
未納 (立上る)妾、今誰かが、妾を好きだって言って来たら、誰でも好きになってやるわ。ほんとよ、それ……(出て行く)
[#ここから3字下げ]
昌允、じっとしている。立上る。ぶらぶら歩く。マントルピースの上の花瓶をみている。いきなり、そいつを掴むと思い切って床に叩《たた》きつけようとするが、しない。も一度その場所へ置き、両手でそれを撫でている。須貝、服を改めて、両手に相当大きなトランクを提げている。昌允をみて、当惑して立止る。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 ああ。
須貝 ああ。
昌允 (じろじろみて)
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