美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そうなんですの。此の間初めて、舞台稽古をみたんですけど、全部あれでしょう、和服みたいなものでしょう、そこへ音楽が妙なんですもの……妾なんかまるで面喰《めんくら》って了って……。
昌允 まあ、あなたが踊らないから仕合せだがね。(氷を割っている)
須貝 何て言うんでしたっけ、題は。
昌允 よく知りません。源氏物語かなんかから取ったつもりなんでしょう。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 夕顔からよ。
須貝 さて、成功だといいが。
昌允 しやしませんよ。妙に変ったことなんか、しない方がいいんですがね。周囲からおだてられるとすぐその気になるから……。
須貝 まあ、そう言ったものでもないでしょう。今の時代だから、そう言う趣向もいいかもしれない。
昌允 目先を変えるだけなら。しかし、目先なんか、いくら変えたって駄目ですよ。
須貝 そうかな。しかし、変るって言うことは、僕には別に悪いことには思えないが。
昌允 バハのプレリウドから、いきなり源氏の夕顔にね……何ういうことでしょう、そりゃ。その次はまたツアーベルかネヴィンですよ。
須貝 しかし、その後のツアーベルは……。
昌允 前のと違う。そう被仰《おっしゃ》るんでしょう。怪しいですね、そりゃ。
須貝 怪訝《おか》しいじゃありませんか。どうして。
昌允 僕は、それくらいなら、同じツアーベルを続けてやってる方がいいと思いますね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お兄さん、もういいわ、そんなに振らなくったって。
須貝 考え方の相違ですね。どっちがどうと言うことは言えないと思う。もういいじゃありませんか。
昌允 ええ(注いでやる)
須貝 有難う。
昌允 不味《まず》いかもしれませんよ。
須貝 いや。あなたは、どうして先生の仕事をなさらないんです。
昌允 (立ちかける美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]に)おい、何処へ行くんだ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾、帰ったまんまで着換えもしてないんだもの。
昌允 そうか。しかし、折角つくったものだ。飲んでゆかないか。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 駄目、お兄さんが作ると、ウイスキーなんだもの。
昌允 少しくらい、飲んだ方がいいんだよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 厭だわ、妾。
昌允 ひどく怖いな。須貝さん、そんなに感じやしないでしょう。
須貝 しかし、これは……。
昌允 落第ですか。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 直ぐ出て来てよ。(須貝に)御免なさい。
昌允 うん。
[#以下3字下げ]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、去る。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 僕は算盤《そろばん》をはじく方が性に合うんです。物を創るなんて言う柄じゃないですね。
須貝 (面喰って)え、ああ、しかし……。そうですか。
昌允 何です。
須貝 いや。
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 未納の奴一体………
須貝 考えてみるとこの…
}(同時に)[#「}(同時に)」は前2行の中央、下に]
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 未納君って言う人もあれで……
昌允 芸術なんて奴はどうしても……
}(同時に)[#「}(同時に)」は前2行の中央、下に]
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 さあ、何です。
昌允 どうぞ……あなたから……。
須貝 そうですか。つまり僕はこう言うことを考えてるんだが……ええっと……僕は何の話をしようとしてたのかな……。
昌允 忘れたんですか? そういうことは……ありますね。妙な話ですが、あなたは、未納と美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]と、どっちがいいと思います。
須貝 ……いいって言うのは、何《ど》う言うことです。
昌允 さあ、そう念を押されても困るんだが、まあ綺麗《きれい》でもいいですよ。何方《どちら》が綺麗だと思います。
須貝 こりゃ難しい話だな。
昌允 そんなことはありませんよ。
須貝 どちらも、同じくらい綺麗、じゃいけないですか。
昌允 いけませんよ、それじゃ、返答にならない。
須貝 待って下さい。(考える)何うも……。
昌允 答えて下さい。あなたが貰うんだったら、どちらを取ります。
須貝 お菓子だな、まるで。
昌允 お菓子だと思って下さい。
須貝 僕は、考えてみたことがないんですよ、そう言うことは。
昌允 考えてみておいた方がいいですよ。今に考えなくちゃァ、ならなくなりますよ。
須貝 しかし僕は今それどころじゃないんですからね。新しい仕事のプランだけで
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