ると、これからあなたに平気で物が言えなくなるなあ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ――
須貝 なに、気にすることはないんです。ただ……僕は……あなたに御迷惑をかけると済まないと思うもので……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そんなことありませんわ。だけど、あのう……(何か云おうとするが、うまく云えない)妾ね……(思い切って、話しそうになる)
[#以下3字下げ]
昌允《まさたね》、川原からのっそり入る。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 おお。
昌允 ああ、あなたは、今日はもう、ちっとも行かないんですね、撮影所へは。
須貝 今日は一ん日、休みます。
昌允 (川原の方を振り返って)はははあ、未納の奴……須貝さんと間違えたんだな。
須貝 どうか、したんですか。
昌允 いやァ、なんでも……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃんに、お会いになったの。
昌允 会ったって言うわけじゃないんだ。川原でぶんぶん石を抛《ほう》ってたからね。近づいてって、声を掛けようと思うと、ふり向きもしないでどんどん行っちまやがった。おかしな奴だ。
須貝 さっきから、此処《ここ》でさんざんふざけちらしてたものだから……。
昌允 彼奴《あいつ》は、悪ふざけをするんで……美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、俺、喉が渇いてるんだ、済まないが、あれ……ほら(云えない)
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (立上る)ええ、わかってよ。でも……いいの?
昌允 大丈夫さ。須貝さん?
須貝 いいですね。
昌允 オレンヂ、がいいや。あるかな……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] あったと思うわ。(行きかかる)
昌允 シェーカーは俺の部屋だよ、ああ、此処へ持って来るといい、俺がこしらおう。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ええ、直ぐ。妾だって、出来ることは出来てよ。(去る)
昌允 何時から、仕事におかかりになるんです。
須貝 明日から、やるつもりです。(煙草のケースを取り出して)どうです。
昌允 え、有難う。(つまむ)すると、明日は、此の家では変ったことが二つあるわけですね。
須貝 (火を磨《す》ってやりながら)そうなりますね。僕は、始めにステージの仕事を片づけて、後でロケの方をやりたいつもりです。
昌允 家の親爺《おやじ》もそうですね。
須貝 先生もそうです。そっくり真似るわけにはゆきませんがね。
昌允 天気の関係やなんかもあるわけでしょう。
須貝 それは、あるわけです。
昌允 僕は、こないだ、ちょっと親爺の写真のかかっている小屋を覗《のぞ》いてみたんだけど……駄目ですね。あれで、会社じゃどうなんでしょう。
須貝 先生ですか。どうってことは無いです。やっぱり大監督ですね。
昌允 惰性なんですね、それは。僕は見ていてすっかり退屈してしまったな、僕みたいなものがそうなんだから、見馴れた連中は如何《どう》なんだろうと思って、周辺《あたり》を見回したら、やっぱりみんな思い屈したような顔をしてましたよ。楽しんでるような顔はまるで無かったな。
須貝 どうも、そう言われると、こっちが大変つらいわけなんだが。これで活動屋も楽な商売じゃありませんからね。
昌允 結局、なんて言う……つまり……センスの問題なんじゃないですか。須貝さんなんか、若い監督さんはやっぱり違うでしょう、どこか。一本になられたんだし、期待しています。
須貝 さあ、そう期待されると、益々困るんです……(美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、グラス、シェーカーなどを台に載せて入って来る)まあ、意気込んでいるには、いるわけなんだが…それがねえ……
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 冷蔵庫にこれっぽっち、氷……。ビタースも心細くってよ。
昌允 ん。(立ち上って、飲みものを造りにかかる)今日は何処へ行って来たんだ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾? 母さんと衣装|査《しら》べに。
昌允 衣装査べって、此の間、済ませたんじゃないのか。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] でも、なんだか安心出来ないんだって。いざと言う時になって、足りなかったりすると困るからって……。
昌允 前ので懲《こ》りたらしいな。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 須貝さん御存じ、この前の公演の時にね、もうベルが鳴り始めてから、持ち道具が一つ足りないのに気がついて大騒ぎしたんですよ。
須貝 ちっとも気がつかなかった。そんなことがあったんですか。
昌允 そう一々、客席に知れちゃァ、仕様がない。
須貝 こんだのは、なんだか大変なんですってね。
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