くのは止した方がいい。此処にいらっしゃい。ねえ、行くのはお止しなさい。
須貝 つまらん。止したまえ。
昌允 あなたは、そんなことで、自分の一生のことを決めたり破ったりするんですね、それじゃァ。
須貝 そう大袈裟《おおげさ》に言わんで下さい。あなたは、どうやら僕を非難したい口振りだが、僕にとっては、一つが失敗すれば、後はどれもこれも同じ値打しか持っていませんよ。
昌允 あなたと言う人は、真面目なんですか。真面目なんですかそれで。
須貝 折角ながら、僕にもわからんです。どちらにでもなろうと思えばなれる。と言う所ですね。しかしも少し放っておいて下すったら、僕はきっと未納君を細君にしたくなったと思いますね。おかしな話ですな。
昌允 ――。
須貝 どら。みなさんによろしく、もう、夏ですな。夕方は実にいい。
昌允 仕事の方はどうします。
須貝 それは先生の処置にまかせておきましょう。
昌允 宿が定《きま》ったら、知らせて下さるでしょう。
須貝 知らせましょう。奥さんに明日の晩は成功を祈ると言って下さい。いや、言わない方がいいかな。
昌允 そう言っときましょう。明日は、変ったことが二つあると思ったが。一つになったわけだ。
須貝 じゃ失敬。一つ減ったわけだ。
昌允 さよなら。荷物、持てますか。
須貝 その辺で、車を目付《めっ》けますよ。
昌允 そうですか。じゃァ……。
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須貝、去る。
奥の方で、ベルが鳴る。繰り返し。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 (二階へ向いて怒鳴る)婢《ねえ》やはいませんよ。
鉄風 (二階へ出て来て)婢やは何処へ行ったんだ! ひとが呼ぶ時に居た例《ためし》がない!
昌允 伯母さんが、病気で宿へ帰ったじゃありませんか。多分、戻って来ないだろうって言ったじゃありませんか。
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鉄風、ぶつぶつ云いながら入る。
再び、ベルの音。
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昌允 ちえ(忌々《いまいま》しく、上を見上げる。今度は答えないで放って置く)
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未納、続いて美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]。
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未納 妾が行くわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] いいから、妾が行くから。
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諏訪、二階へ出て来る。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 (坐り
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