何の真似です? それは。
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間。
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須貝 逃げ出そうと思ってね。(自分の風態を見る)
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間。
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昌允 (了解して)そうですか。
須貝 あなたに、教わったようなものです。止《と》めやしないでしょう。
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稍々永い間。
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昌允 止めるなと、言われれば別に止めやしないけれど……。まあ、も少しいいでしょう。話して行って下さい。
須貝 お家の人に会いたくないのですが……。
昌允 会わずに行くつもりですか。
須貝 手紙を書いておきました。いずれ、お会いします。しかし、今は一寸まずい。
昌允 そうですか、しかしまあ、も少しいらっしゃい。大丈夫ですよ。
須貝 会うと困るんだがな。
昌允 出てきやしませんよ。
須貝 そうですか。(荷物を入口の所迄、持って行っておいて)あんまり、ゆっくりもしていられないが……。
昌允 あなたを行かせたくないな、僕は。
須貝 どうして。
昌允 僕の思ったより、いい人なんだもの。
須貝 有難う。あなたも僕の思ったほど悪い人じゃなかった。
昌允 訣別に臨んで知己を得たわけですね。
須貝 いや、ほんとだ。
昌允 一度一緒に飲みたかったですね。
須貝 そう言う時もあるでしょう。その時はひとつ、やりましょう。
昌允 楽しみにしておきます。
須貝 お互、腹の底を覗《うかが》うようなことは止めてね。
昌允 う……。
須貝 君、オレンヂ・ジュースにウイスキーを入れたりするのは婦人の為《す》ることだ。止したまえ。酒なら灘の生一本、これがいい。それからウイスキー。
昌允 今度会う迄、練習しときましょう。
須貝 よろしい。そう願いましょう。
昌允 荷物は、あれだけですか。他に残っていませんか。
須貝 残っています。あれは、シャツだの、ハンカチーフだの言うものです。それに季節の洋服と、そう言うものです。後のものはおいときます。
昌允 宿がきまったら、送りましょうか。
須貝 そうしていただくとありがたいですな。しかし捨ててくだすってもいいです。あんまり、役に立つものもないんですから、御ぞんじのとおりですが……。
昌允 まあ、いいです。送ることにしておきましょう。
須貝 感謝に堪えんです。う……煙草を喫《す》ってっても、大丈夫ですか。
昌允 大丈夫
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