な。あなたにね……お話があるの。
須貝 僕に? (戻って来て)伺いましょう。(坐る)何です。
諏訪 厭な人、何ですだなんて、そんな風に訊かれると言えやしない。
須貝 じゃあ、黙ってましょう。
諏訪 駄目よ、黙ってちゃ、お話にならないわ。
須貝 面倒なんですね。どうでもしますよ、しろと被仰って下さい。
諏訪 ぼつぼつ話すわ、いろんなこと言ってる間にね。
須貝 結構です。奥さんと、いろいろお話するんならその方だけでも結構ですよ、僕は。
諏訪 まあ! うまいわね。
須貝 まだまだうまいことも言えるんですよ、これで。
諏訪 そのくらいで丁度いいところだわ。
須貝 序手《ついで》ですから、も少し聞いて下さると、いい都合なんだが。
諏訪 厭! お芝居のお相手なんて御免よ。
須貝 ああ、承知しました。
諏訪 あなたも、とうとう大人になっちゃったわね。
須貝 お蔭様で……。
諏訪 鉄風には感謝なさいよ。
須貝 それから、奥さんにも。
諏訪 勿論よ。感謝の序手《ついで》に妾の言いつけをお聴きなさいな。
須貝 唯一つのことの他は……大概のことなら。
諏訪 もう、奥さんを持ったらどう。
須貝 いかん。それが唯一つのことです。
諏訪 年上の者の言うことはお聴きになっといた方がよろしくてよ。撮影所なんかにいるとみんな生活が駄目になって了うわよ。いいかげんにはっきり身を固めないと。妾は悪いことは言やしません。
須貝 どうも奥さん、折角ですが、この話はお預けします。僕はまだ、そう言うことを考えてみたこともないんですからね。
諏訪 だって、あなたもう、ちっとも早過ぎやしなくってよ。男だって女だって、そう言って呉れる人がある間にちゃんとしとかなくちゃ、だあれも構って呉れなくなってからでは遅すぎてよ。
須貝 遅過ぎても構わんです。兎に角、僕は結婚したくありませんね。も少し、ひとりでのうのうさせといて下さい。今から、奥さんを貰っちゃ、可哀そうですよ。勿論僕がですよ。
諏訪 あなたは知らないからそんなこと言っているのよ。奥さんも一寸いいものよ。それに妾まだ、誰と結婚なさいともなんとも言ってやしないじゃないの。そんなに慌てて逃げを打つことはないと思うわ。
須貝 誰だって相手に依るんじゃないんですから、きかなくったっていいです。
諏訪 (笑って)そんなに少年みたいに羞《はずか》しがることってありますか、ええ?
前へ
次へ
全51ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング