がそばへやってきて、
「お茶召しあがりませ」と言いながら、名物|葛餅《くずもち》の皿と茶盆《ちゃぼん》とを縁台の端に置いて行った。
小平太は片手に湯呑を取り上げたまま、どこやらその女の顔に見覚えがあるような気がして、後を見送った。女の方でもそんな気がするかして、二人の子供を連れた先客の用を聞きながらも、時々こちらを偸《ぬす》み見るようにした。小平太は「はてな?」と小首を傾《かし》げた。が、どうしても想いだせぬので、二度目にその女が急須《きゅうす》を持ってそばへ来た時、
「姐《ねえ》さん、わしはどっかでお前さんを見たように思うが――」と切りだしてみた。
「はい」と、女は極《きま》りの悪そうに顔を赧《あか》らめながら、丁寧《ていねい》に小腰を屈めた。「わたくしも最前からそう思い思いあんまりお姿が変っていらっしゃいますので……もしやあなたさまは元|鉄砲洲《てっぽうず》のお屋敷においでになった、毛利様ではございませぬか」
「して、お前さんは?」
小平太はぎょっとして聞き返した。
「わたくしは同じお長屋に住んでおりました井上源兵衛の娘でございます」
「ほう、井上殿のお娘御! そういえば、さっ
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