《ひ》かされたとあっては、同志の前へも面目ない。ただお前をこれまで内密《ないしょ》にしておいたのが気の毒じゃが、なに、それもわしは決心した。明日にもお頭《かしら》大石内蔵助様のお目にかかって、お前のことを包まず申しあげておくつもりだ。そうすれば、お前は天下晴れてわしの女房、誰に遠慮も気兼《きがね》もないというものだからね。ただどうもこれまで一同の前へ包んでおいたのがようないが、なに、こうなれば、そんなことに遠慮も要るまい。わしはそうすることに決心したよ」
「そうしてくだされば、わたしもどんなに嬉しいかしれませぬ」と、おしおも心《しん》から嬉しそうににっこりした。
 こうして二人は夜の明けるまで互に尽きぬ思いを語り明した。そして、夜の白々明けを待って、「もう二度とは顔を見せないぞ」と言いおいたまま、小平太は思いきって、袂《たもと》を振りきるように、その長屋を出てしまった。

     十一

 小平太が林町の宿へ帰ってきた時は、まだ夜が明け放れたばかりであった。勘平は一人起きだして、雨戸を繰っていた。そして、小平太の顔を見ると、
「おお毛利か、帰ってきたな」と、いつものように声を懸けた。
「いや、昨夜は御心配をかけてすまなかった」
「なに、別段心配はせんがね、ただ時日が迫っているので、何かまた異変でも生じた時、君が居合せないために、後で臍《ほぞ》を噛むようなことがあってはならぬと、ただそれだけを案じたよ」
「ありがとう、母がまた癪《しゃく》を起してね、まあ、これが最後だと思って、宵終《よっぴて》ついていて看護してきたよ」
「で、別にたいしたことはないのか」
「いや、いつもの持病だ。気がかりなことはないさ」と言いながら、小平太は極《きま》りの悪そうに、こそこそ自分の居間へはいった。
 同志から疑いの眼で見られるのも辛いが、それよりも、この期《ご》に及んでなおその前を繕《つくろ》うために、同志を欺《あざむ》かねばならぬということが、小平太にはいかにも心苦しかった。そうだ、これはどうしても頭領に届けでるほかはない。一刻も早く届け出でて、その御裁可《ごさいか》を得ておく。もっとも、こんなことまで太夫《たゆう》の耳に入れるのは、いかがとも思われないではないが、たとい女には関係しても、小山田などと一つでない証拠を見せるためには、思いきって何もかも白状してしまうほかない。そうすれば
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