、小平太も蒲団の上に坐りなおした。「だが、どんなことを聞こうとも、かならず吃驚《びっくり》して騒ぐまいぞ」
 おしおは黙ってうなずいてみせた。
「今まで隠しておいたは、なるほどわしが悪かった。とうに打明けようとも思ったが、それもならず、いわばわしは最初からそなたを瞞《だま》していたようなものじゃ。ま、せいてくれるな。よくしまいまで聞いてから、そなたの存分にしてくれたがいい、じつは去年三月のことがあって、一家中残らず浪人してちりぢりばらばらになったとはいうものの、相手の吉良家はあのとおり何のおかまいなし、このまま御主君の妄執《もうしゅう》も晴らさずにおいては、家中の者の一分《いちぶん》立《た》たずと、御城代大石内蔵助様始め、志ある方々が集まって、寄り寄り仇討の相談をなされた。その連名の中へ、わしも去年の暮から加わったのじゃ」
 おしおは眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったまま、目《ま》じろぎもせず男の顔を見詰めていた。
「林町に家を借りて、堀部安兵衛どのそのほかの方々と同宿しているのも、じつを言えば仇家《きゅうか》の動静を窺《うかが》うためにほかならない。同志の方々はそれぞれ仲間小者、ないし小商人に身を落して、艱難《かんなん》辛苦《しんく》をされるのも皆お主《しゅう》のためだ。わしもその中に交って及ばずながら働いているうちに、天神の茶店でそなたに出逢ったのがわしの因果《いんが》、大事を抱えた身と知りながら、それを隠して、ついそなたと悪縁を結んでしまった。ああとんだことをしたと思った時は、もう晩《おそ》い。どうせ末《すえ》遂《と》げぬ縁と知りながら、これまで隠していたのは重々そなたに申訳ないが、これも前世の約束事と、どうか諦めてもらいたい」
「いえいえ、それをおっしゃってくださるにはおよびませぬ」と、おしおは顔に袂《たもと》を押当てたまま、おろおろ泣きだしてしまった。「そんな深いお心があるとも知らず、これまでいっしょになれの引取ってくれのと、女気の一筋に、おせがみ申したのが恥ずかしい。どうぞ、どうぞその後を聞かせてくださいませ」
「最初に嘘を言ったのがわしの因果《いんが》」と、小平太も顔を背向けながらつづけた。「その後は打明けるにも明けられず、悪いとは知りながら、だんだん悪縁を重ねているうちに、いよいよ吉良邸へ乗りこむ日が来てしまった」
「え、それ
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