訊《たず》ねた。
「うむ!」と言ったまま、小平太はもう一度振返って、後を跟《つ》けるものの有無《うむ》を見定めてから、始めて座敷へ上った。
奥の座敷には、忠左衛門と安兵衛の二人がひそひそと対談していた。小平太はまず忠左衛門に一礼して、さて安兵衛と勘平の前に持って帰った状箱を差出した。
「ふむ、これが返事だな」と、安兵衛は手に取って、ちょっとその上書に眼をやったが、すぐにまたそれを下に置いて訊ねた。「して、邸《やしき》の様子は存分に見てこられたか」
「あらまし見てまいりました」
こう前置をして、小平太は指先で畳の上に図を描いてみせながら、はいって行った時から出てくるまでの顛末《てんまつ》を仔細に述べはじめた。勘平はそばから硯《すずり》に料紙を取って渡した。で、それによって、ふたたび見取り図を描いて説明しながら、
「まずこういったあんばいでございます」と、話しを結んだ。「私の見たところでは、思いのほかに薄手な屋敷で、長屋にも母屋にも、噂に聞いた竹矢来なぞいっこう見当りませんでした。間々《まま》女子供の声は聞えましたが、いったいにひっそりとして、格別の手配りがあろうとも思われず、風説はただ風説にすぎないかと存ぜられました」
「なるほど」と、忠左衛門は大きくうなずいた。「だいたいわれらが考えていたとおりであるな」
「さようでございます」と、小平太はさらに語《ことば》を継《つ》いだ。「で、戻路《もどり》にはせめてもと存じまして、長屋の位置を見がてら、その家紋を読んでまいりましたが、だいたい表通りに向った一棟《ひとむね》と、南側に添うた一棟と、総長屋は二棟に別れておりまして、戸前の数は三十あまり四十戸前もございましょうか。そのほかに家老小林の住宅《すまい》は、別に一軒建ちになっておりました」
「いや、よく気がつかれた」と、忠左衛門は相手の労を犒《ねぎら》うように言った。「これで邸内の防備に対するだいたいの見当もついた上に、当夜出会いそうな相手方の人数もほぼ分ったというものだ。太夫《たゆう》に申しあげたら、さぞ喜ばれるじゃろう。小平太どの、大儀でござったな」
「ついては、横川、お身ひとつその文箱を茶坊主の許《ところ》へとどけてくれんか」と、安兵衛はそばから口を出した。「これは貴公でないといかんからな」
「心得ました。さっそくとどけることにいたしましょう」
「そうだ」と、忠左衛
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