を残らず側《わき》へ片寄せた。それからまた横になって、鋭い眼を寝台の周囲に放ちながら、じっと見張っていた。と云うのは、彼も今度は精霊が出現するその瞬間に、こちらから戦いを挑んでやろうと思ったからで、不意を打たれて、戦々《おどおど》するようになっては耐らないと思ったからである。
如才がないと云うことと、常にぼんやりしていないと云うことを自慢にしている、磊落なこせつかない[#「こせつかない」に傍点]質《たち》の紳士と云うものは、『字《じ》か素《す》か』と云うような子供の遊戯から殺人罪に到るまで何でも覚悟していると云うようなことを云って、冒険に対する自分の能力の範囲の広大なことを表現するものである。なるほど、この両極端の間には、随分広大で包括的な問題の範囲がある。スクルージのためにこれほど大胆不敵な真似は敢てしないでも、私は、彼が不思議な出現物の可なり広い範囲に対して覚悟をしていたことを、赤ん坊と犀との間なら何が出て来てもそんなに彼を驚かせなかったろうと云うことを信じて貰いたいと、諸君に向って要求することを意とするものではない。
ところで、スクルージはまず何物に対しても心構えはしていたよ
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