それは彼が少年時代の極く古い歌であった。一同の者は時々声を和して歌った。彼等が声を高めると、爺さんもきっと元気が出て声を高めた。が、彼等が止めてしまうと、爺さんの元気もきっと銷沈してしまった。
 精霊はここに停滞してはいなかった、スクルージをして彼の着衣に捕まらせた、そして、沼地の上を通過しながら、さてどこへ急いだか。海へではないか。そうだ、海へ。スクルージは振り返って、自分達の背後に陸の突端を、怖ろしげな岩石が連っているのを見て慄然とした。水は自分の擦り減らした恐ろしい洞窟の中に逆捲き怒号して狂奔して、この地面を下から覆そうと烈しく押し寄せていたが、その水の轟々たる響には彼の耳も聾いてしまった。
 海岸から幾浬か離れて、一年中荒れ通しに波に衝かれ揉まれている物凄い暗礁の上に、ぽっつりと寂しげな灯台が建てられていた。海藻の大きな堆積がその土台石に絡まり着いて、海鳥は――海藻が水から生れたように、風から生れたかとも想われるような――彼等がその上をすくうようにして飛んでいる波と同じように、その灯台の周囲を舞い上ったり、舞い下ったりしていた。
 が、こんな所でさえ、灯光の番をしていた二人の男が火を焚いていた、それが厚い石の壁に造られた風窓から物凄い海の上に一条の輝かしい光線を射出した。向い合せに坐っていた荒削りの食卓越しに、ごつごつした手を握り合せながら、彼等は火酒の盃に酔って、お互いに聖降誕祭の祝辞を述べ合ったものだ。そして、彼等の一人、しかも年長者の方が――古い船の船首についている人形が傷められ瘢痕づけられているように、風雨のために顔中傷められ瘢痕づけられた年長者の方が、それ自身本来|暴風雨《はやて》のような、頑丈な歌を唄い出した。
 再び精霊は真黒な、絶えず持ち上げている海の上を走り続けた――どこまでも、どこまでも――彼がスクルージに云ったところに拠れば、どの海岸からも遙かに離れているので、とうとうとある一艘の船の上に降りた。二人は舵車を手にした舵手や、船首に立っている見張り人や、当直をしている士官達の傍に立った。各自それぞれの配置についている彼等の姿は、いずれも暗く幽霊のように見えた。しかしその中の誰も彼もが聖降誕祭の歌を口吟んだり、聖降誕祭らしいことを考えたり、または低声でありし昔の降誕祭の話を――それには早く家郷へ帰りたいと云う希望が自然と含まれているが、その
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