者であった。
 思えば六十余年の間、私はむし歯のために如何ばかり苦しめられたかわからない。むし歯は自然に抜けたのもあり、医師の手によって抜かれたのもあり、年々に脱落して、現在あます所は上歯二枚と下歯六枚、他はことごとく入歯である。その上歯二枚が一度に抜けたのであるから、上頤《うわあご》は完全に歯なしとなって、総入歯のほかはない。
 世に総入歯の人はいくらもある。現にわたしの親戚知人のうちにも幾人かを見いだすのであるが、たとい一枚でも二枚でも自分の生歯があって、それに義歯を取付けているうちは、いささか気丈夫であるが、それがことごとく失われたとなると、一種の寂寥《せきりょう》を覚えずにはいられない。大きくいえば、部下全滅の将軍と同様の感がある。
 馬琴《ばきん》も歯が悪かった。「里見八犬伝」の終りに記されたのによると、「逆上《のぼぜ》口痛の患ひ起りしより、年五十に至りては、歯はみな年々にぬけて一枚もあらずなりぬ」とある。馬琴はその原因を読書執筆の過労に帰しているが、単に過労のためばかりでなく、生来が歯質の弱い人であったものと察せられる。五十にして総入歯になった江戸時代の文豪にくらべれば、私
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