皆それに向かったものです。わたしもその一人でした。今でも「寺子屋」の芝居をみると、何だか昔がなつかしいように思われます。
 これも今はあまり流行《はや》らないようですが、以前は普通に用いる机は桐材が一番よいと云う事になっていました。木肌《きはだ》が柔らかなので、倚りかかる場合その他にも手当りが柔らかでよいと云うのでした。その代りに疵《きず》が付き易い。文鎮をおとしてもすぐに疵が付くというわけですから、少し不注意に取扱うと疵だらけになる。それが桐材の欠点で、自然にすたれて来たのでしょう。それから一閑張《いっかんば》りの机が一時は流行しました。それも柔らかでよいのと、軽くてよいのと、値段が割合に高くないのとで、一時は非常に持て囃《はや》されましたが、何分にも紙を貼ったものであるから傷み易い。水などを零《こぼ》すと、すぐにぶくぶくと膨《ふく》れる。そんな欠点があるので、これもやがて廃《すた》れました。それでもまだ小机やチャブ台用としては幾分か残っているようです。
 わたしは十五のときに一円五十銭で買った桐の机を多年使用していました。下宿屋を二、三度持ちあるいたり、三、四度も転居したりしたので
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