すき》を持っている若い婦人に出逢った。その婦人もこの近所に避難している人であることを予《かね》て知っているので、薄《うす》ら寒い秋風に靡《なび》いているその薄の葉摺れが、わたしの暗いこころをひとしお寂しくさせたことを記憶している。
 わたしはそれから河野義博君の世話で麻布の十番に近いところに貸家を見つけて、どうにか先ず新世帯を持つことになった。十番は平生でも繁昌している土地であるが、震災後の繁昌と混雑はまた一層甚だしいものであった。ここらにも避難者がたくさん集まっているので、どこの湯屋も少しおくれて行くと、芋を洗うような雑沓《ざっとう》で、入浴する方が却って不潔ではないかと思われるくらいであったが、わたしはやはり毎日かかさずに入浴した。ここでは越《こし》の湯《ゆ》と日の出湯というのにかよって、十二月二十二、二十三の両日は日の出湯で柚《ゆず》湯にはいった。わたしは二十何年ぶりで、ほかの土地のゆず湯を浴びたのである。柚湯、菖蒲《しょうぶ》湯、なんとなく江戸らしいような気分を誘い出すもので、わたしは「本日ゆず湯」のビラをなつかしく眺めながら、湯屋の新しい硝子戸をくぐった。

  宿無しも今日
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