回収の見込みはない。父が晩年の日記十二冊、わたし自身が十七歳の春から書きはじめた日記三十五冊、これらは勿論あきらめるよりほかはない。そのほかにも私が随時に記入していた雑記帳、随筆、書抜き帳、おぼえ帳のたぐい三十余冊、これも自分としてはすこぶる大切なものであるが、今さら悔むのは愚痴である。せめてはその他の刊本写本だけでもだんだんに買い戻したいと念じているが、その三分の一も容易に回収は覚束なそうである。この頃になって書棚の寂しいのがひどく眼についてならない。諸君が汲々《きゅうきゅう》として帝都復興の策を講じているあいだに、わたしも勉強して書庫の復興を計らなければならない。それがやはりなんらかの意義、なんらかの形式に於いて、帝都復興の上にも貢献するところがあろうと信じている。
わたしの家では、これまでも余り正月らしい設備をしたこともないのであるから、この際とても特に例年と変ったことはない。年賀状は廃するつもりであったが、さりとて平生懇親にしている人々に対して全然無沙汰で打ち過ぎるのも何だか心苦しいので、震災後まだほんとうに一身一家の安定を得ないので歳末年始の礼を欠くことを葉書にしたためて、
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