人間というものに就いてなにか悟《さと》るところがあるようにも思われます。少なくも美しい人形や、可愛らしい人形を眺めていると、こっちの心もおのずとやわらげられるのは事実です。わたしは何か気分がむしゃくしゃするような時には、伏見人形の鬼《おに》や、今戸焼の狸《たぬき》などを机のうえに列べます。そうして、その鬼や狸の滑稽《こっけい》な顔をつくづく眺めていると、自然に頭がくつろいで来るように思われます。
 くどくも云う通り、人形といえば相当に年代の古いものとか、精巧に出来ているものとか、値段の高いものとか、いちいちそういうむずかしい註文を持出すから面倒になるので、わたしから云えばそれらは真の人形好きではありません。勿論、わたしのように瓦楽多をむやみに陳列するには及びませんが、たとい二つ三つでも自分の気に入った人形を机や書棚のうえに飾って、朝夕に愛玩するのは決して悪いことではないと思います。人形を愛するの心は、すなわち人を愛するの心であります。品の新しいとか古いとか、値の高いとか廉《やす》いとかいうことは問題ではありません。なんでも自分の気に入ったものでさえあればいいのです。廉いものを飾って置い
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