た》を加えられていたらしかった。勿論、この時代にはそれがむしろ普通のことで、素人《しろうと》――榎本君は素人ではないが、その当時はまだ其の伎倆《ぎりょう》を認められていなかった――が寄り集まって書いた脚本が、こういう風に鉈を加えられたり、鱠《なます》にされたりするのは、あらかじめ覚悟してかからなければならないのであった。わたしが榎本君に対して不平らしい口吻《こうふん》を洩らしたのは、要するに演劇《しばい》の事情というものに就《つ》いて私の盲目を証拠立てているのであった。
「素人の書いたものは演劇にならない。」
 それが此の時代に於いては動かすべからざる格言《モットー》として何人《なんぴと》にも信ぜられていた。劇場内部のいわゆる玄人《くろうと》は勿論のこと、外部の素人もみんなそう信じていた。今日《こんにち》の眼から観れば、みずから侮《あなど》ること甚《はなは》だしいようにも思われるかも知れないが、なんと理窟を云っても劇場当事者の方で受付けてくれないのであるから、外部の素人は田作《ごまめ》の歯ぎしりでどうにもならない。たとい鉈でぶっかかれても鱠にきざまれても、採用されれば非常の仕合せで、鉈
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